SMI雑感アーカイブ(19年〜22年)


〔平成22年〕
12月『芸展大賞』授賞
11月「一所懸命」に逃げるな!
10月「土光敏夫−信念の言葉」B
9月トータルパースンの人「土光敏夫」A
8月トータルパースンの人「土光敏夫」@
7月「成功の定義」と物づくり
6月「わしゃおおきな夢もっちょるばい」
5月ドラッカーの後悔
4月「この街はどんな街ですか
3月「見果てぬ夢」
2月 「問題や失敗に感謝する」
1月 自分を生きる年に

〔平成21年〕
12月最高の同級会
11月「感動でなく反復が人を変える
10月 「深刻」にならず「真剣」になる
9月 決して諦めるな!決して決して決して諦めるな!
8月 ハンデキャップを宝に・・
7月 「裏の努力」が勝利を呼ぶ
6月 「親父自分で買うわ」
5月 「アルト47」と修社長
4月 当たり前こそが勝者をつくる
3月 20%は必ず生き残る
2月 横綱の品格
平成21年1月 人は永遠に生き続ける 

〔平成20年〕
12月「Yes we can」
11月 SMIって凄いのね
10月 桃太郎の鬼退治とキジの役目
9月 潜在能力は科学を超える!
8月 SMIは何も教えてくれない?!
7月 SMIは勉強するな!
6月 二人の女性が引き合う男性
5月 言葉が全てをつくる
4月 『成功の秘訣は・・・』 ゲーテ
3月 『母親力』
2月「真実の自己」と対面する
平成20年1月「自己愛が土台」

〔平成19年〕
12月「思いは必ず実現する」
11月「品性が運命を決める」
10月「思想の切り売りの時代
9月 『鏡の法則』
8月 『挨拶』にこそ成功の秘訣が
7月号外 『災難に遭う時には・・・』良寛
7月暑さの中『心のレンズ』を磨き続ける
6月 『目標を書く』ことが必須条件


平成23年・24年SMI雑感へ

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《平成22年12月》

『芸展大賞』受賞!!

 先月(11月)は芸術の秋と言われ、各地で賞の発表があった。11月8日の新潟日報朝刊を読んでいたら、20年来のお付き合いのSMIクライアントの名前が目に飛び込んできた。『芸展大賞 折笠孝氏』とある。そして、流木で造った『山羊の大作』が大きな写真で載っていた。

 早速電話をご自宅にかけた。奥さんが電話に出られた。「奥さんご無沙汰致しております。つかぬ事をお伺い致しますが、ご主人今回の芸展で大賞を受賞されましたか。」と尋ねると、「ええ、そうなんですお陰様で受賞させて頂いたんです。」と仰られる。「今、主人出かけていますので帰ったら電話させます。」と言って電話を切られた。

 奥さんの晴れがましい声に触れ、折笠さんがコツコツと自宅の工房で、「子供達が喜ぶものを」と頑張ってる姿を見させて頂いていたので、私も自分のことのように嬉しかった。

 一時間ほどしたら折笠さんから電話がかかってきた。「この度はおめでとうございます。」と申し上げ、「出展は今回で何度目でした」と聞いたら「実は二回目なんです」と言われる。

 驚いた。何度出展しても入選もままならない方が多い中で、わずか二回目での大賞だ。「折笠さん今回はどういう気持ちで望んだんですか」とお聞きしたら、「今回は本当にSMI的にやったんですよ」と言われる。「今回は大賞を取ると決めていたんです。それを家族や友達に言い回っていたんです。」

 「10万円の副賞も貰ったら自由に使って良いぞ、と妻に言っていました。」と言う。「母にもこうした形での親孝行が出来たらな、と思っていました。そうしたら新聞に発表された日が、母が近所の友達と集まる日でそれも丁度良かったんです。」と言う。

 また「いつも『芸展大賞とる!』と口の中でくり返していたんです。そうした結果なのか、本当に不思議だったんですが、発表の三日前に、芸展という事ではなかったんですが、何かにバンザイ!をして喜んでいる自分の姿を夢で見たんです」と言う。本当に潜在意識に入るまで、「芸展大賞」というアファーメーションをくり返したんだなと感じた。

 土曜日に妻と県民会館に行き、作品を観させて頂いた。多くの出展作品の中で入り口正面に堂々とその『山羊の大作』は展示されていた。作品の『山羊』の姿は、いつもの山羊のイメージと違い、堂々とし、どっしりとしていて圧倒的な迫力があった。

 これは『思いが人生を決める』の典型的な話しだ。いろいろな点で閉塞感が漂う昨今だが、「思いが人生を創る」の実例に触れ、今一度自分の思いがどこを向いているかしっかりと確認せねば、という思いにさせられた。その思いこそがこの閉塞感を破り、人生を輝くものに変えていくのだから。(10/12/1)

《22年11月》

『一所懸命』に逃げるな!!

 昨今の厳しい経済状況にあっても、100社の内20社は成果を上げ続け、益々発展しています。以前このコーナーで書いたとおり、やっぱり20%(※業種によっては厳密には13%とも言われる・・・)は必ず生き残るのです。

 例えば、10年来SMIプログラムを学び続けておられ、特に厳しいと言われる建設業界にあっても、この4月の決算で経常利益を11%あげた柏崎のI工業所さんや、やはり人材育成の土台をSMIに置き、急成長し、健康食品でその名を全国にとどろかせる「やずや」は典型的な20%企業です。それではそれらの組織や人は、どうして生き残ることができたのでしょうか。

 よく「強いもの(会社)が生き残るので はない。また知恵あるもの(会社)が生き残るのではない。変化できたもの(会社)だけが生き残る。」と言われますように、結局20%にはいる会社は、時代の変化に対応できたということです。

 それでは変化できる会社の特徴はどういうものなのでしょうか。それは三つあります。@組織の理念とビジョンが明確になっている。(→決意することが社員の潜在能力を発揮させる)B社員が自分で考え、行動し、結果に責任をとるという風土ができている。(→セルフモティベーションが創造力を発揮させる)B経営者と社員同士のコミュニケーションが緊密で、相互信頼ができている。(→相互信頼が10×10は100というかけ算組織を作る)という三点です。

 それを、SMIイズムの浸透によりなし遂げていった前出の「やずや」会長、矢頭美世子氏はSMIの学びを通しての社員の成長を、下記のとおり言っています。 「今まで社長に決めてもらっていたことを、自分で考え、決断するようになりました」「コミュニケーション力が格段にあがり、社員同士の伝達、結束が強まりました」「自分でアイデアを出し、失敗を恐れず行動するようりました」「社員一人ひとりが経営感覚を持つようになりました」「会社、そして社員一人ひとりが時代の変化に対応できるようになりました」 (※2005年SMIクライアント大会スピーチより

 それでは20%に入れない企業は何をやっているのでしょうか。変化できない企業は、今までの延長線でものを考えるため、質より量で「8時間やったのを12時間やろう」「100軒を200軒に増やそう」と仕事の量だけを単純に増やすことに走ります。結局それでは忙しくなるだけで、成果は絶対に上がりません。それを私は「変化を恐れ、努力に逃げる組織」「変化を恐れ、一所懸命に逃げる会社」と言っております。

 20%企業の経営者や社員は、変化を好奇心で受けとめ、変化を楽しんでいるようにさえ見えます。楽しむところにはセルフ・モティベーションが育ち、独創力が生まれます。そうすると、変化できない企業には壁になる石をも、発展のための礎石に変えてしまう心構えが育ちます。そして、変化にこそ無限のチャンスがあることに気付き、周囲におきるあらゆる事をチャンスに変え、尚一層発展していくこととなるのです。 (2010.11.1)

《22年10月》

土光敏夫−信念の言葉』B

 今月も土光さんのことを紹介致します。土光さんは、時間があれば本を読んでいた多読・乱読の人でしたが、土光さん自身は本を書くことはやりませんでした。  上記のテーマは土光さんが東芝の立て直しのために尽力した時に、東芝の社員やリーダーに語ったことを本(土光さん自身は本にすることをいやがっていたようです・・・)にしたものです。下記に記したような、珠玉の言葉がちりばめられています。そしてその言葉の多くが、SMIと重なることに驚かされます。やはり土光さんは原理原則・普遍的なことを語り続けていた方なんだな、とあらためて感心させられます。  この本はPHP文庫から出版されています。<教育者・リーダーの方にご一読をお勧め致します。

◇真の教育
『いったい人が人を教育することは可能であろうか。上司が部下に能力を植え付けることができるのか。想像力とか活力といった高度の能力を、外側から付け加えうるのか。それらの問いに、もしイエスと答える人がいたら、その人は錯覚しているのだ。彼はチャンスを与えているにすぎない。そのチャンスを活用するかどうかは、チャンスを与えられた本人の自主性を待つしかない。本人の自主性において、そのチャンスを自家薬籠中のものに化するのである。つまり真の教育は「自己啓発」にその基礎をおいていると言わねばならない。』

◇将来のビジョンそれが人々に希望を植え付ける
『成功する創造的な企業は必ずビジョンを持っている。企業が社会に存続する意味を将来に向かって明示するものが、ビジョンである。従業員はそのビジョンを知り、心にしっかりと入れる事で、自分がその集団に所属している意味を見出す。ここから、生きがいや、やり甲斐といったものが生まれてくる。私どものある工場に勤める一女性から、次のような要旨の手紙をもらったことがある。「私は今まで単純の作業に従いながら、来る日も来る日も無自覚に過ごしてきた。ある日上司から、長期計画の話を聞いた。この工場を世界一のモーター工場にするのだと知った。私にも参加せよと言われた。自分の仕事がこんなにも素晴らしいと感じたのは、初めてだった。」』

◇一日を全力であたる
『今日という日は、全ての人にとって平等に訪れるかけがえのない一日である。自己の人生にとって初めて訪れた日であり、また決して再び訪れることのない日である。一日を粗末に過ごす人は、毎日を粗末に過し、一生を粗末に過すことに通ずる。一日一日にけじめをつけていこう。今日のことは今日やってしまおう。これは、忙しいとか、暇があるとかの時間の問題ではない。志の問題である。『明日にしよう』という弱い心に、自ら鞭を打て。あしたという日には、またあしたやるべきことが待っている。保守的で防衛的な行動には、実は大きなリスクが内在していることを知るべきだ。何もしないでいたり、チャンスを見逃したりして、大きな利益を失っていることが多い。』 (※土光敏夫「信念の言葉」より) (2010.10..1)

《22年9月》

トータル・パースンの人『土光敏夫』A

 先月に続き土光さんのことを書かせて頂きます。

土光さんは、公私の区別を厳しく峻別する人であり、自己規律の人だった。土光さんは石川島播磨重工業を再建し、その後東芝の再建を、師と仰いだ石坂泰三より依頼される。

 土光さんは昭和40年5月28日午前7時、東芝本社にイの一番出社した。東京日比谷の電電ビルは、人ひとりいなかった。前の日比谷公園からは小鳥のさえずる声さえ聞こえた。一流企業の社長といえば多くが高級社用車で会社から自宅に迎えがきて、10時過ぎに出社するのが普通である。

 土光さんが社長室に入ろうとすると、「もしもし、あなたはどなたですか?」と守衛が制止した。「今度社長になった土光と申すものです」守衛がびっくり仰天し「大変失礼致しました」恐縮した守衛はその場に座り込むかのような姿勢で社長室のドアを開けた。「知らない人を通さないようにするのがあなたのお役目、ご苦労様です」土光さんの低姿勢に守衛はまたびっくりさせられた。  

 この事はたちまち社内に広がった。「今度の社長は守衛と対等の立場で話をする。従業員の人格を尊重している」工員達は新社長に対する親しみを第一日目から抱いた。
社長が7:00に出社するので、他の重役も遅く来るわけにいかなかった。みんな早く来るようになった。土光社長は7:00には社長室の戸を開け、9時まで解放して誰とでも会った。社内の贅沢な施設も一切廃止された。

 公私を峻別する−土光さんは厳しく自らを律してきた
やはり、東芝の社長になってすぐ、ある専務が、土光さんに言った。「石川島の造船所が見たいのですが」「よし今度の日曜日に僕が横浜造船所の正門前で待っている」その専務は東芝の社用車を自宅に呼んで現地へ向かった。ところが、土光さんは一足先に自宅からバスと電車で造船所に着き、門の前で待っていた。専務は「石川島の造船所見学も、仕事のうち、まして日曜に出かけるのだから、会社の車を使ってあたりまえ」と考えていた。

 ところが土光さんは違った。『僕は石川島の役員も兼務しており、造船所に行くのは仕事と言えるかも知れない。しかし、今日の工場見学はあくまで個人的なもの、私用なのだ。そんなことに会社の車を使ってはならない』そう判断したのだった。

これを知った東芝の全役員は、土光さんの公私の峻別をはっきりする姿勢を目の当たりにして、震え上がり、それが公私の混同することが多かった東芝の社風を、改めるきっかけとなったともいわれている。

その後東芝は危機的状況を脱し、健全経営と向かっていった。

「あらゆる立場や職業で成功を収めた人は、皆、非常に高い自己規律を課してきました。・・・自己規律とは、人が精神的に成熟しているかどうかを表す重要な特性です。」(DYFプログラムレッスン6より)正に土光さんは自己規律の人であり、その後ろ姿で人を引っ張っていった人でした。※次回に続きます(10/9/1)

《22年8月》

トータル・パースンの人『土光敏夫』@

 SMIの最終目的はトータル・パースン(全人格)ですが、私がそのトータルパースンを考える時必ず思い出す人は、第四代の経団連会長をやった土光敏夫です。土光さんは私の最も尊敬する経営者です。

 今政治を始め、国のあらゆる分野で真のリーダーの不在が問題になっています。そうした中で国鉄(JR)や電電公社(NTT)の民営化を成し遂げた土光さんの生き方を紹介し、今回は真のリーダーのあり方を考えます。

 ちなみに28年前のテレビ放映で、土光さんは「メザシの土光さん」で有名になりましたが、三鬼陽之助や城山三郎といった著名な経済評論家が「戦後最も偉大な経営者は、と聞かれれば土光敏夫と答える」と言っています。

 明治29年に岡山に生まれた土光は、4度受験に失敗しますが、東工大を’20年に卒業後石川造船所に入社し、その後母親譲りのバイタリティーと行動力で石川島播磨、東芝を再建し、その後経団連の会長として経団連の改革に取り組み、その後鈴木、中曽根という二人の総理に請われ、85歳の時に第二臨時行政調査会の会長となり、電電公社、専売公社そして国鉄の民営化を成し遂げていきます。(※臨調の会長の就任は当初拒んだが「国のために」と当時の鈴木総理に請われ受けたといわれている)

 土光さんの純粋な人柄、高潔な人間性を語るエピソードは沢山あります。

 土光さんが第二臨調の会長になって間もなく、調査会の清新さを国民に知ってもらうためにと説得され、私生活を見せることを嫌って「俺の私生活なんか、面白くも何ともないよ」と固辞していたTVに、1982年7月23日「85歳の執念−行革の顔・土光敏夫」としてその素顔がNHKテレビで初めて放映されました。

 番組の放映中から引きも切らずに、視聴者からの電話が鳴り響いた。そこに映し出された素顔の土光さんの私生活は、物の豊かさだけを追い求めてきた現代人に衝撃を与えた。
 
土光敏夫といえば財界総理といわれる経団連の会長を務め、また臨調の会長を務める、超大物。そうした経歴の持ち主の私生活があまりにもつつましいものだった。夕食のおかずはメザシに梅干し、キャベツと大根の葉っぱだった。30年も使い続けるひげ剃りブラシに帽子といったように一般庶民よりずっと質素な生活だった。

 土光さんは経団連の会長当時5100万円の収入があった。その収入のほとんどを母が戦時中(昭和17年)に設立した学校(橘学園)に寄付していた。税金を引くと土光さんの手元には100万円程度しか残らなかった。財界総理として頂点を極めた人が月額8万円の生活をしていた。正に母の言葉「個人は質素に、社会は豊かに」を生涯にわたって実践し続けた人だった。※次回に続きます (2010.8.1)


《22年7月》

『成功の定義』と物づくり
 
 先日、新潟工科大学の皆さんに『輝く人になるための三つの心構え』、というテーマで講演させて頂いた。

 会場に向かう車の中で、本田宗一郎の言葉を思い出した。「人間は物作りをやらないと人生が分からない」という言葉だ。最近やっとこの言葉の意味と重要性が理解できるようになってきた。

 私の好きな作家中野孝次は「(物作りを通した)創造は命にふれあう行為」と言う。またエッセイに「出来合いの品物を選び、買い、使用し、流行がすぎれば捨ててしまう。それでは我々はいつまでたっても『消費者』の立場から抜け出せない。そういう時代であればこそ、私は若い人たちにものを作る喜びを知ってもらいたいと思う。作ることは産み出すことである。ものを所有し使用するだけの人間では、この産み出す喜び−命に触れ合う行為−の幸福をついに知らないで終わってしまう」と書いている。

 新潟工科大学の学生もほとんどが物作りの現場に就く。その素晴らしさを感じて欲しいと思い、その言葉を講演の冒頭で伝えた。

 以前、NHKだったと思うが、小学生が園芸の授業を通し、自分が嫌いな野菜を食べられるようになった、という内容の番組を見たことがある。ピーマンを大嫌いな女子生徒が、ピーマンを自ら植え、水をくれ、声をかけ、育て実らせたピーマンをニコニコと美味しそうに食べていた。これは正に中野孝次が言う、物づくりを通し、命と触れ合う行為をした結果と思う。

 そうしたことを思い出すにつけ、私はSMIの成功の定義の重要性を思わずにいれない。

「成功とはその人にとって価値ある目標を前もって決め、段階を追って実現すること」

この定義の重要な点は『価値ある目標』と『段階を追って実現する』の2点だ。

 特にこの後者の『段階を追って実現する』は、人間の成功は結果だけでなく、むしろその過程、プロセスにこそあることをいっている。

 物作りも途中を抜きには有りえない。プロセス、途中を大切にしてこその物作りだ。日本が今まで物作りで世界を席巻してきたのは、”物作りは人づくり”と言い、物作りの職人たちは、長い年月をかけ、まるで『道』を究めるかのように自己を研鑽しながら技術を高めていったからに他ならない。

 宮大工の棟梁として多くの人の尊敬を集めた西岡常一氏は、,薬師寺の再建の仕事の終了後に、「500年(1000年)後には西塔も東塔と同じ高さになる計算で作った」と言ったという。この話は物作りはプロセス、過程にこそ重要であるという、話の極めつけと思う

 情報の洪水の中で、多くの人がプロセスの大切さを忘れ、まるでドラえもんのポケットからものを取り出すかのように成功や物作りを捉えている。そうした時代であればこそ、民族や国籍そして宗教の違いがあっても、誰にでも当てはまる、このSMIの成功の定義を多くの人に知ってもらい、自分自身にとっての真の成功とは何かを問いかけてもらいたいものだ。(2010.7.1)

《平成22年6月》  

「わしゃ大きな夢もっちょるばい」

 先日、1997年にSMIワールド・クライアント・オブ・ザイヤー受賞し、九州でミュージシャンとして活躍されている渡辺知子さん(※15才でエレクトーン世界チャンピオン)から久しぶりにお電話を頂いた。「小杉さん5月30日に新潟市の虹のホールというところで、コンサートをします。小杉さんも入れますから久しぶりにお会いしましょう」と言う。

 渡辺知子さんはタケシののアンビリーバボーでも紹介されたが、二度死線を彷徨った方だ。二度ともその生命力の強さから奇跡的に復活した

 特に33歳の時のくも膜下出血では、生存確率1%以下という言う手術を奇跡的に乗り越えた。しかし、その後ミュージシャンとして立ち上がるまでには壮絶な自己との戦いがあった。2週間の昏睡状態後、3ヶ月の入院生活をする。その後リハビリに入るのだが、それは華やかな一線で活躍してきた渡辺さんにとっては絶望の日々だった。

 ある日素晴らしい出会いを経験する。いつものように伏し目がちにリハビリ室にはいると、あるおじいちゃんが声をかけてきた。「あんさんつまらん顔しているな、夢も希望もなかろ。」その言葉に対し、渡辺さんはくってかかった、「こんな状態で夢なんか持てるわけないじゃない」と。
 「それはつまらん、わしゃ大きな夢もっちょるばい。あんさんも聞きたかろうわしの夢を。わしゃ元気になって退院し、孫の手を引き散歩するんじゃ。どうじゃ大きな夢じゃろう。あんさんも夢をゆうてみ、夢や希望は医者より効くばい」
 渡辺さんはこの言葉を聞き、涙がぼろぼろこぼれたという。世界一なったり、SMIプログラムで学び、夢の力を誰よりも知っていた自分が、なんて馬鹿だったんだろうと反省した。

 そしてそのリハビリ室のみんなの前で「私は人の手を借りずに、おしっこに行く」と声をふり絞り誓うと、皆が無言の拍手をくれた。その日からリハビリはまったく違ったものとなったと言う、目標がこれほど大きな力を発揮するものなのかとあらためて驚かされた。 

 その後お母さんにSMIプログラムを病院に持ってきてもらい、何度も何度も聞き続けた。そうしたかいもあり、四ヶ月後に無事退院することと成る。

 そして今では倒れる前以上の活躍をされている。コンサートに人間としての深みが増している。

 5月30日の新潟でのコンサートに妻と参加した。コンサートに先がけ、アンビリーバボーの画像が流された。その後夫の橋本たかしさんと登場された。渡辺さんは既に涙ぐんでおられた。リハビリ中につくった『命が光る』を歌いながら「私がこうして歌えることが本当に奇跡に思え、どうしてもあの時のことを思い出すと涙してしまうんです。すいません」と言われた。

 参加された多くの方々が何度も目頭を押さえておられた。真実の歌、真実の声はどんな人にも届き、感動を呼び起こすものなのだな、と改めて感じた。
「知子さん、久しぶりの感動をありがとう。」 (2010/6/1)

《平成22年5月》

ドラッカーの後悔

今、近代経営学の神様と言われた、ピーター・ドラッカーがブームだ。先日、そのドラッカーが死ぬ少し前に書いた詩を読んだ。

『95才の詩』

もう一度人生をやり直せるなら・・・
今度はもっと間違いをおかそう。
もっとくつろぎ、もっと肩の力を抜こう。
絶対にこんな完璧な人間ではなく、もっともっと愚かな人間になろう。
この世には、実際、それほど真剣に思い煩うことなど殆ど無いのだ。
もっと馬鹿になろう、もっと騒ごう、もっと不衛生に生きよう。
もっとたくさんのチャンスをつかみ、行ったことのない場所にももっともっとたくさん行こう。
もっとたくさんアイスクリームを食べ、お酒を飲み、豆はそんなに食べないでおこう。
もっと本当の厄介ごとを抱え込み、頭の中だけで想像する厄介ごとはできる限り減らそう。
もう一度最初から人生をやり直せるなら、春はもっと早くから裸足になり、秋はもっと遅くまで裸足でいよう。
もっとたくさんの冒険をし、もっとたくさんのメリーゴーランドに乗りもっとたくさんの夕日を見て、もっとたくさんの子供たちと真剣に遊ぼう。
もう一度人生をやり直せるなら・・・・・
だが、見ての通り、私はもうやり直しがきかない。
私たちは人生をあまりに厳格に考えすぎていないか?
自分に規制を引き、他人の目を気にして、起こりもしない未来を思い煩ってはクヨクヨ悩んだり、構えたり、落ち込んだり・・・・
もっとリラックスしよう
もっとシンプルに生きよう
たまには馬鹿になったり、無鉄砲な事をして
人生に潤いや活気、情熱や楽しさを取り戻そう。
人生は完璧にはいかない
だからこそ、生きがいがある。
       ピーター・ドラッカー(享年95才)

 「私たちは人生をあまりに厳格に考えすぎていないか?自分に規制を引き、他人の目を気にして、起こりもしない未来を思い煩ってはクヨクヨ悩んだり、構えたり、落ち込んだり・・・・」いかに自己規制という条件付けによって、人生を狭めてしまったかを後悔している。

 しかし私はこの詩の「もっと間違いをおかそう。」「もっと愚かな人間になろう。」「この世には、・・・真剣に思い煩うことなど殆ど無い。」「もっと馬鹿になろう、・・・もっと不衛生に生きよう。」と言う言葉に、私のようなまだまだ発展途上の人間はホッとさせられる。

 また「人生は完璧にはいかないだからこそ、生きがいがある。」と言う言葉に勇気づけられる。そしてこの詩でSMIプログラムの最終テーマである、人間の『真の自由(心の自由)』を思い出すことができた。偉大な教育者であり指導者であったドラッカーに感謝!(2010/5/1)


《平成22年4月》

「この町はどんな町ですか?」

 SMIの中心テーマである目標設定の恩恵を一言で言い表すと、「あなたは自らの運命を支配する」(PSPプログラム・レッスン14)ということだ。

(人々を勇気づけるプログラム)に期待の力を端的に物語る逸話が出てくる。

『一人の若者が旅すがら、ある町の井戸端で休息をとっていました。そこへこの町に住んでいる老人が通りかかったので若者は「この町にはどんな人達が住んでいるのですか?」と聞きました。老人は直ぐに聞き返しました。「あなたの町にはどんな人達が住んでいるのですか?」若者は「私の町の人達は怠け者で、愚かで、利己的な人間です」と答えました。するとこの町の老人は言いました。「この町に住んでいる人も、同じような人たちですよ。」

 (少ししてまた違う若者が、その老人に「この町にはどんな人が住んでいるのですか?」と聞きました。老人はまたその若者にもすぐに聞き返しました。「あなたの町にはどんな人達が住んでいるのですか?」若者は「私の町の人たちは誠実で勤勉な人たちで、人のことを思いやり協力してくれる人たちでした。」と答えました。するとその老人はまた言いました。「この町に住んでいる人たちも同じような人たちですよ」と。)』

 世界な有力企業の経営者の90%が自分自身の期待が、経営の成果に表れることを知っている。そのため優秀な経営者は社員の能力を信じ、良き成果を確信し、行動していると言われる。

 私も仕事がらそのことをよく実感する。経営者の方に「御社の社員の方々はどうですか」とたずねることが多い。そのとき「内の社員はどうしようもないんですわ、言われたことしかやらない社員で、勉強したって身に付きませんから」というような会社はその経営者の期待の通り、社員は能力を発揮できず、衰退へ向かっていく。

 逆に「内の社員はよくやってくれていて、私がこんな風にやっていられるのも社員の頑張りのお陰なんですわ」等と言われる経営者の社員は、自ら学びセルフ・モティベーションを発揮しているケースが多いものだ。これらは経営者の『期待の力』の典型的な例である。もちろんこれらは一人ひとりの人間性を尊重した上に成り立つものである。

 期待の力にはそのように周囲の人の期待に応えたいというものもあるが、なんといっても自分が自分に対して持つ期待が一番大きな力となる。その期待の力を確実に一つの方向へ向け、実現させていくものが『目標設定の力』だ。今日から新年度がはじまる。新たな気持ちで、新たな目標設定で、新たな期待を持って挑戦していきたいものだ。(平成22年4月1日)

《平成22年3月》

『見果てぬ夢』

 人間が生きていく上で絶対に必要なものは、と問われると多くの人が健康、お金、教養等と答える。特に健康と答える人が多いのだが、人間が生きていく上で絶対に必要なものは健康ではない『勇気』だ。

 もし健康とすれば、当社のクライアントのYさんのように、ALS(※神経性の難病で発病後数年で全身の筋肉が動かなくなり、10年でほとんどの患者が死に至る)という難病となり、家族の助けによってでしか生きていけない人は、成功もできないし、生きていく意味もないことになってしまう。

 しかしYさんは家族の理解もあって、寝たきりではあるが強く生きておられる。ご家族は仰る。本人が動けない、しゃべれないの状態にあっても、勇気を持って生き抜くという決意をしたことで、家族も一つにまとまり、全員で助け合っていこう決心したと言う。

 今では、そうした状況にあっても、明るく生きるYさんとご家族の姿に多くの人が影響を受けている。マスコミの取材を受けたり、時には講演の依頼もあったりと、寝たきりにあっても健常者以上に大きな影響を与えておられるのだ。これもYさんとご家族が『勇気を持って生き抜く』という決意をされた結果だ。

 勇気の象徴する詩に『見果てぬ夢』という詩がある。

不可能の夢をあえて夢見ること。
勝ち目のない敵に向かって戦いを挑むこと。
とても耐えられそうにない悲しみを耐えようとすること。
勇気ある人でも恐れるような所へ進んでゆこうとすること。
どうしようもない悪を正そうとすること。
今に満足せずさらに高みを極めようとすること。
全てのエネルギーを使い果たしても、まだ押し進もうとすること。
とても手の届きそうにない理想の星にあえて到達しようとすること
これが私が行きたい道なのです。

たとえみんなに不可能と言われても
どんなに離れていようとかまわない。
自分が「これだ」と思うものに向かって行動したいのです。
栄えある目標を目指し、私自身を信じてとる行動が、私を地獄に導くような道であってもかまわない。
臨終の床に横たわる時、きっと私自身の心の中は幸せと静かさで満たされることでしょう。
たとえ傷つけられ、嘲笑されたとしても、私という一人の人間の存在で、世の中がほんの少しでも良くなるのなら、私は最後の勇気を振り絞り、命つきるまで、私の夢に向かって歩み続けます。
たとえそれが『見果てぬ夢』に終わってしまおうとも。

 バンクーバーオリンピックが今日閉幕する。数万、いや数百万の人がメダルという一つのいすを目指して競った。競技においての勝者は一人しかいない。

 しかし、「たとえそれが『見果てぬ夢』に終わってしまおうとも」である。SMIプログラムのいう通り、勇気を持って、夢に向かって潜在能力を発揮する人、全てが勝利者なのだ。 (2010/3/1)

《平成22年2月》

「問題や失敗に感謝するのです」

 過日のモティベーションアカデミーで、ある受講生がDYFのレッスン5「ネガティブ・ケイパビリティー」を聴いて「問題や失敗が起きることは悪いことでなく、挑戦すれば必ず起きるであろう問題や失敗をどう捉えるかで人生が決まるということを知り、目から鱗でした。」と言っておられた。

私もこのSMIを知るまでは、失敗、問題、そして恐怖心は皆悪いもので、これが起きないようにすることにエネルギーを使っていた。しかし今は人間が潜在能力を発揮する上で、また真の成功を勝ち取る上でそれらは不可欠のものと知った。

 これはある本で知った偉大な人物の話である。
『ある青年がイリノイ州議会に立候補し惨敗を喫した。そこで次は実業界に入ったが、また失敗し一文無しになった、しかも共同経営者の負債をも背負い込んでしまい、17年もかかってその借金を返済した。この男は一人の美しい婦人と恋に陥って、婚約まで結んだが、まもなくこの婚約者は死んでしまった。今度は再び政界に舞い戻って、国会議員に立候補したが、これまた一敗地にまみれた。そこで、合衆国土地管理事務所に任官するために奔走したが、これも失敗に終わった。それからまた上院議員に立候補するが、またまた落選の憂き目を見た。二年後には、ダグラスと戦って選挙に敗れた。失敗につぐ大失敗を重ねたが、しかもなおこのようなあらゆる失敗にも屈することなく、営々と努力を重ねていって、ついに彼は史上最大の人物となった。
おそらくあなたもこの人物のことはよく知っているはずだ。彼の名前こそ人も知るエブラハム・リンカーンである。』
        (F・ベトガー著「私はこうして販売外交に成功した」より)

 こんな失敗を乗り越えられる人は、そういないと思う。しかしあの偉大な、アメリカ人が最も尊敬するリンカーンは、そうした失敗の数々を一つひとつ乗り越えながら、人格の陶冶をしたことは間違いない。

 DYFプログラムのレッスンにも『問題のとらえ方について今までとは違った、ポジティブな捉え方を教えましょう。それは問題に見えるのはうわべだけであって、問題の本質は絶好のチャンスなのだと捉えることです。事実問題というものは人が成長する上で、絶好のチャンスなのです。内的なものを養うチャンスなのです。』とある。ポールJ・マイヤーもこのレッスンの中で、「問題がもたらされた時に、私は第一にすることを決めています。それはその問題を与えてくれた神に感謝することです。」と言っている。

 私もこれからも多くの問題に直面するであろう。そうした時、そうしたマイヤーの言葉等を思い出しながら、それらを全て成長のチャンスと位置づけ、人格の陶冶につとめていきたいものだ。(2010.2.1)

《平成22年1月》

自分自身を生きる年に

 新年明けましておめでとうございます。

 長年おつきあいしている車関係のN経営者(SMIクライアント)が、昨年末に「12月10日から世の中の流れが変わったんだわ−、来年は良くなるよ!」と言っておられた。根拠は私には分からないが、良き期待は信じることにしているので、私も今年は良くなると確信している。SMIクライアントの皆さんは新しい年となり、どのような予想や、予言を信じていますか。

 さて、SMIは人生をシンプルにするプログラムと言われます。SMIプログラムの多くの素晴らしいフレーズの中で、私が特に気に入っているフレーズが、DPMプログラムの最終レッスン「トータルパースンを目指して」の中にある「人生を積極的・肯定的な期待を持って生きると人生が容易(シンプル)になります」だ。逆も真なりとすれば「人生を消極的・否定的に生きると人生は複雑で難しくなります」となる。

 なぜ消極的・否定的になると複雑になるのでしょうか。それを私は「消極的・否定的な人は自己認識を怠っているため知らずに不可能に挑戦している人」と言っている。

人間は人を変えることはできない、また過去も変えることはできない。これらは人間には不可能なことである。人間が変えられるものは自分自身と未来(現在も含め)だけである。しかし、消極的・否定的な人の多くは、あの人が悪い、会社が悪い、社会が悪いと言いながら周囲が変わることを期待して生きている。また親がこういう親だったなら、あの先生がこうしてくれていたなら、と過去を悔やみ、過去を変えようとして生きている。これでは人生はどんどんと複雑になってしまう。

 SMIは提唱する。確実に変えることができる、自分自身と未来に的を絞り生きていこうと。目標設定も人生をシンプルに生きるための最良の方法だ、これをマイヤーは、「目標設定することは目隠しすることでもある」と端的に言う。この目隠しはもちろん目の全てを覆うのではなく、競走馬が前だけが見えるようにしたメンコ(真ん中だけが見えるようにしたアイマスクのようなもの)のことだ。まわりの多くの必要のない情報や誘惑等に振り回されて自分を見失うことなく、脇見をせずに、目標だけに集中できる目隠しのことだ。そうした時人ははじめ『自分』を生きることができる。

 昨年末にNHKで放映され、人気をはくした司馬遼太郎の「坂の上の雲」に登場する最後の武士と言われた秋山好古の人生は、シンプルな生き方の極めつけだ。

 好古は「男子は一事を成すために身辺を単純明快にしておかなければならない」と言い、弟の真之との東京の生活においても、二人の生活なのに茶碗一つで酒もご飯もすませていく。貧乏ということがあったにしても、いかに無駄なものを削ぎ落としていく努力をしていたかが伺えるエピソードだ。これも好古が目標・目的が明確で、積極的・肯定的な生き方をしてるからこそできたことと思う。

 私も今年はなお一層SMIに触れ続け、積極的・肯定的な期待を持ち、自己を惑わす不要なものを削いで、身の回りを単純明快にし、目標を明確にして自分自身を生きる努力をしようと決意している。(2010.1.1)


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《平成21年12月》

最高の同級会

 先日、高校の同級・忘年会に出席した。7年ぶりの再会だった。乾杯ののち、しばらく楽しい歓談が続いた。酒も回って口もなめらかになった頃、幹事より「それでは級長のM君より近況報告を・・・」と声がかかった。

 開けっぴろげで、飾らないM君(SMIクライアント)は赤裸々に自分の子育ての失敗や、仕事の失敗を語った。その正直さが皆の心を開かせたのか、こうした会にありがちな「私はとっても幸せです」といったありきたりの話ではなく、一人ひとりが高校卒業しての38年間の失敗談、つまり離婚のこと、リストラの中にあること、子供の非行、そして病気と戦っていること等の体験談を話したのだった。

これが深く考えさせられ、とても勉強になった。

 特に高校時代はマドンナ的な存在だった女性が「私は3年前に脳溢血で倒れ、今でも記憶が直ぐにとんでしまう状態です。今日こうして皆さんと過ごしても明日には忘れてしまうかもしれません。皆さんと写った写真が欲しいのです。」と語ったのには驚いた。

最後に担任だったO先生が挨拶された。

「教員生活を40年やってきて、こんな素晴らしい同級会に出席したのははじめてです。今回、皆が一回り大きくなったと感じたのは、そうした人生の問題に正面から向き合い、その問題を自らの力で乗り越えてきたからなんだな、と感じ頼もしく思いました。同級生であればこそ、こうして学生時代に戻り本音で話せる、素晴らしいことです。みんな本当ににありがとう」と仰られた。

 そうした先生のお話を聞いていて、私はモティベーションアカデミーのテキストとなっているDYFプログラムのレッスン5『ネガティブ・ケイパビリティー−「負の能力」』の一節を思い出していた。

「人生はリスクを負うことで成り立つものです。・・・リスクを避ける人は、活気のないよどんだ生き方をしています。」また「、問題のように見えるのはうわべだけで、問題の本質は絶好のチャンスなのだと観ます。事実、問題は、成長するための絶好のチャンスであり、内的強さを養うチャンスであり、立ちふさがるハードルを、成功者としてのあなたらしい方法で乗り越えていくためのチャンスなのです」と。

 おひらきの前に撮った写真は、マドンナだった彼女のおかげで、皆がとびっきりの笑顔での素晴らしい写真となった。(09/12/1)

《平成21年11月》

『感動』でなく『反復』が人を変える

よく感動で人は変わるといわれる。
これは人間の変化と成長の本質を言っている言葉ではない。そのため多くの人が感動だけで人は変わるという間違いを犯し、「感動したわ」だけで終わっている人が多い。中には感動を求め、彷徨っているようにさえ見える人もいる。

 事実は、人は感動体験をしたり、カリスマを持った感動をよぶ人に出会った時に、私もこうしたかったんだ、この人のようになりたかったんだと気付かされる。『感動』は最高の気付きの場、そして最高の変化のきっかけの場となるということが本質だ。

 そしてその感動を気付きとして、あの人のようになりたいという目標を立て、それをイメージし、それを『反復』し続けていく時にその人は変わっていく。

 4年前に新潟SMIクラブでご講演頂いた、リレハンメル冬季オリンピックでメダリストとなり、現在道議会議員の堀井学氏(NPO法人日本モティベーション協会理事長)は、小学生の時におじいちゃんに連れて行ってもらったレースで、オリンピックメダリストの黒岩章氏の姿に触れ、感動し、スピードスケートの選手になると決意したと言っておられた。

 ここまではよくある話だ。しかし堀井氏は他の子供たちとは違っていた。黒岩選手のようなオリンピック選手になるという明確な目標を持って、行動計画を立て、実践し始めた。そして中学までは女子選手にも負ける実力しか無かったが、そうした高い目標によって支えられた厳しい練習によって高校で頭角を現し、ついにオリンピックメダリストにまで上り詰めていく。

 結局、感動したのちに、その人がその気付きから、どういう目標を立て、どのように自分を変え、セルフ・モティベーションをどう発揮させてかが鍵なのだ。

 SMIプログラムは50年前より、この心構え(心の習慣)の変化によるセルフ・モティベーションこそが、成功にいたる唯一の道であることを提唱し続けてきた。

 心構えとは考え方の癖、つまり考え方の習慣だ。人間の行動は95%が習慣に支配されている。識者はこれを「人間は習慣の奴隷である」とか「習慣は怪物である」とか表現している。

 人はこの強大な力、習慣を変えることではじめて変わるのであって、感動して変わるのではない。習慣は日々の『反復』によって作られ、日々の『反復』ではじめて変えることができる。

 今月より、新潟で初の、ポールJ・マイヤーの最後のプログラムとなったDYFプログラム(Discover Your Future)による新潟モティベーション学院がスタートする。最も重要なポイントとなる、『反復』でセルフ・モティベーションは育てていくものであることをきちんと学んでいきたいものである。(21/11/1)


《平成21年10月》

『深刻』にならず、『真剣』に生きる

 先月のSMIビジネス塾は「深刻にならず真剣になる」がテーマの一つだった。

 時代の風潮はマスコミや有識者、そして国のリーダーまでこぞって、温暖化の問題、財政危機の問題を取り上げては、『深刻』になれ、もっと『深刻』にならないと大変なことになると言っているようだ。

 しかし深刻になった人が潜在能力を発揮することはない。人間は深刻になると不安に陥るだけだ。深刻になるのでなく真剣に成ることが必要な時代だ。

 SMPプログラム(モティべーションの真髄)のレッスン6で「人間をもっとも破壊する力は深刻に成りすぎることだ」という。また以前ボーナステープとして人気のあったオグマンディーノの『成功聖書』では「人間は自分のことを深刻に捉える時ほど滑稽なことはないのだ」と学んだ。

 人間がそうした深刻な状況に陥らないための一つの方法は、笑うことを学ぶことだ。人生の面白い面、滑稽な面を考え、ユーモアに変えていくのである。

 皆成功している人は、この深刻さを真剣さに変えるのがうまい人である。また元気で素敵な老い方をする人は皆笑顔が素晴らい。

 姉妹で百歳以上生きて、人気のあった金さん、銀さんもユーモアの人だった。百歳近くに姉妹でテレビに出演し「出演料はどうしますか?」という質問に「老後に備えますわ!」と言ったという話は有名だ。

 あの聖路加病院の日野原先生も「口角が垂れると、いろいろな皮膚が老化します。それを私は少しでも老け顔にしないために、笑う練習をしています。寝る前には必ず口角を上げて笑顔の訓練をしてから休みます」と言っておられる。

 また深刻に成らないためのもう一つの方法は、目標を持つことである。目標がない人が深刻になるのだ、目標を明確にしていて、今日やるべき事がはっきりしている人は深刻になっている時間など無くなる。

 前述の日野原先生も言う。「(目標を持ち)長生きしている人は、引きずらずくよくよしない人が多い。くよくよしないコツは目の前のことに集中して楽しむことです。私もいろいろな役職を持ち、多くの問題に直面します。しかし物理的に無理なので、次の場所に行ったら、前の負担は持ち込まずすむのです。」と。正に「忙しい人は積極的です」の典型的例だ。

 こうした多くの人生の達人を観ていくと、やはり愉快な人柄も、くよくよしない性格も、深刻に成らず真剣になることも、皆日々の努力によってつくられていくことに気付かされる。(09/10/1)

《平成21年9月》

『決して諦めるな!決して、決して、決して諦めるな!』

 去る8月24日に夏の甲子園は愛知の中京大中京と新潟の日本文理高校の激闘で幕を閉じた。日本文理高校の9回二死からの一点差まで詰め寄った「決して諦めないぞ」という攻撃は、高校野球史に深く刻まれることとなった。

 この攻防を見ながら、私はMOCプログラム(全ての挑戦者のプログラム)にある英国の元首相チャーチルの逸話を思い出した。

 『チャーチルが昔通った予備校で講演を依頼された。聴衆はこの名演説家と言われるスピーカーの演説に期待を持って集まっていた。ところが演壇に上がったチャーチルは、一言「決して諦めるな、決して、決して、決して諦めるな」とだけ言うと、さっさと演壇を降りてしまった。皆あっけにとられ、がっかりした。しかし生徒達に必要なことは、この言葉であり、人が夢を実現するために必要な言葉も“これだけ“なのです。』(MOC レッスン6)

 私は新潟市内で実施した8月1日の行動計画セミナーにおいて参加者に「今年の日本文理はベスト8にはいくと思いますよ」言った。「エ!」と驚いている方もいた。結果はそれ以上の結果で私も驚かされたのだが。

 なぜ私が夏の甲子園で一勝もできないでいる、日本文理高校の活躍が、ある程度予想できたかというと、一言で言うと『全国制覇』という日本文理がやっていたアファーメーション(※積極的な自己宣言)にある。

 このアファーメーションはSMIプログラムを活用され全国制覇を二度成し遂げた駒大苫小牧高校野球部(SMIクライアント)が良くやっていた手法だ。全国レベルのチームは野球に限らず、多くのチームがこれをやっている。これが組織のイメージや雰囲気を作りあげていく。

 日本文理高校野球部も昨年の一月よりグランドに『全国制覇』の大段幕を掲げた。また帽子の裏にも『全国制覇』と縫いつけた。

 7月の県予選においても圧倒的な強さで勝ち上がった。その度に大井監督も選手達もインタビューのコメントはいつも「全国制覇を目指して頑張ります」だった。

 このアファーメーションがメンタルの面を強化し、あの破竹の勢いを生み出した。そして決勝戦の9回2死での「絶対に諦めないぞ」、の5点に繋がったものと私は確信している。(09/9/1)

《平成21年8月》

ハンデキャップを宝に・・・

 SMIクライアントでもあった、パナソニック創業者松下幸之助氏は、自分が成功した理由として
1、学歴がなかったから、人の話を良く聞き学んだ。
2、体が弱かったから、人の力を借り謙虚になれた。
3,金が無かったから、アイデアを発揮し工夫した。
 この成功の三つの理由は一般の人が、自分が成功できなかった理由としてあげる代表的なものである。さすがに名経営者はとらえ方、受け止め方が違うものだなと考えさせられる。
 私のクライアントの中にも、一般の人がこのハンデや障害ではもう駄目だ、と思うことをプラスどころか、人生の宝物にして、元気に生きておられる方がたくさんいる。

 先日、暑中見舞いが届いた新潟市内に住むKさんもその一人だ。美容室を3店舗経営していたKさんは10年前に脳溢血のために、左半身が不随になってしまった。
 一時は大変落ち込んだが、前向きで明るい奥さんの励ましや、持ち前の楽天思考で「いや丁度これで良いんだ、俺はいつも糸の切れたタコのようで、かみさんや、家族に迷惑ばかりかけて生きてきた、これでどっかりと腰を据え、かみさんのそばで、店に居れる」と考え、運命をすべて受け入れることにした。

 そして、昔から好きだった絵を描き始めます。右手だけで精力的に筆を動かし続けているうちに、眠っていた才能が目覚めたのでしょうか、どんどんと才能を開花させるにつけ、市の賞をもらったり、二科展に入選したりするようになった。その後は陶芸も始め、今では右手だけで素晴らしい作品を創っておられる。
 個展の依頼も受けたり、画商からも声がかかるようになり、中には75万円といった値が付くような絵もあった。

 Kさんは言う。「今ではこうなって本当に良かったと思えるようになった。こうなったことで、かえって人生の素晴らしさ、人間の素晴らしさを感じ、自分自身を見つめ直すことができる」と。
 私はKさんのような、体が不自由にもかかわらず、運命を正面から受け入れて、積極的に活躍している人に合うと、障害やハンデは何なんだろうと思う。皆その障害やハンデを人生の宝に変えているからだ。

 健常者は私も含めてだがかえって五体満足だからこそ、潜在能力が発揮できないのだろうかとさえ考えさせられる。

 SMIプログラムのとおり、人生はどういう環境や境遇にあるかでなく、人生に必ず起きるであろう問題や障害を、どう捉え、受け止めていくかで決まる。
 SMIプログラムは言う『失敗や障害は、積極的・肯定的に捉える人にとって、人生の方向探知器であり、道しるべとなる』と。(09/8/1)

《平成21年7月》

『裏の努力』が勝利を呼ぶ!
 
 先日、球界を引退した桑田真澄氏の講演が新潟であった。

 その中で、努力には『表の努力』と『裏の努力』の2つあるという話しがあった。表の努力は一般的なピッチングやバッティングの練習の事を言い、裏の努力は人のために尽くす、掃除をしたり、草取りをしたりと言ったことを積み重ねる事と言う。

 桑田氏は「この『裏の努力』が運やツキを呼ぶ凄い力になる」と言っている。

 この『裏の努力』はSMIが提唱する、“トータルパースンの人(真の成功者)は与える人”であると言ったこととも繋がる。

 ミュンヘンオリンピックの平泳ぎ金メダリストでSMIクライアントの田口信教氏が、SMIの講演会で「記録が伸びず悩んでいた時にコーチに『お前は自分のことばかり考えているから駄目なんだ、もっと周りの人に尽くすことを考えて練習しろ』と言われ目が覚めた」と言っていた。

 田口氏はその後一般の練習と共に、部室の掃除をしたり、ゴミを拾ったりと、人の嫌うことを率先して毎日やり続けた。その結果一カ月後、新記録を出すことができた。その経験で「人のためにやることが運を惹きつけるんだということを知った」と言っておられた。

 経営も同じである。仕事が上手くいっている会社を観ると、経営者がこの『裏の努力』を積み重ねてきたところが多い。

 我が社のクライアントを見ても、町を良くしたいとの思いで、無償で材料と技術を提供するK社長。市民の憩いの場にと無償で休憩場をつくったI社長。祭りや地域興しの活動にお金と労力を提供し続けるH社長。といずれの会社も不況真っ直中にある昨今にあっても、仕事がとぎれることなく忙しい会社だ。

 昔の人は『積善の家に余慶あり』と言った。正に経営にあっても『積善の会社に仕事有り』である。

 スポーツの世界にあっても、桑田氏が言うように、同じような力の人どうし、又同じ力のチームどうしが戦った時は、『裏の努力』を積み重ねた方に勝利の女神が微笑む事が多いのだろう。

 今年も夏の甲子園の新潟県予選が7月11日より始まる。実力が伯仲した時に勝利の女神がどちらに微笑むか、桑田氏の言うように表の努力だけでなく、『裏の努力』からチームを見てみるのも面白い。これからの日本を担う子供達の戦いなのだから。(09/7/1)

《平成21年6月》

『親父自分で買うわ』

 先日、建築会社の社長にお会いしたら「小杉さん、この2週間食事が喉を通らなかったんですわ」と仰る。「どうしました」と尋ねると、「2年前に立てた家を引き取る事を今日決めたんです」という話しだった。
 
この建築不況の中での2000万円からの予定外の出費は本当に厳しことと思う。しかし、おかれた状況に反して、その方の表情は穏やかだった。その笑顔に覚悟した人の爽やかさと力強さを感じた。施主との小さな行き違いがどんどん大きくなり結局修復不能に陥ったようだ。一級建築士の資格を持ち、品質に関する勉強を積み重ね、信用と誠実さをモットーにしている方だけに、忸怩たる思いもあったはずだ。

 しかしこの経営者は一切その施主のわがまま(?)のことは語らなかった。その笑顔に一切を引き受けるという決心と覚悟を感じた。「人間は覚悟を決めると、スッキリするものですね。そしてやるべき事が見えてきて、自分の可能性を信じられるようになるものですね」と言われた。正に昔の人が言った『決心は九分の成就』である。

 「こういう気持ちに成れ、覚悟ができたのもSMIをやっていたおかげだなと感じ、夫婦でDPMプログラムのレッスン2の“豊かさの世界”をあらためて聴き直してます。やっぱり触れていると勇気が湧いてきますね」と仰って下さった。
 
 決心と言えばSMIプログラムに対しての投資も『決心』であり『覚悟』なのだ。この投資は大きな意味を持つ。自分の責任において自己の成長と将来に対して、お金を出すという投資は、借りてきたものや、譲ってもらったものなどとは全く異質なものとなる。

 長男が6年前にプログラムを自分で購入した。高校生の時、大学の時と、「SMIに触れろ」と言っても絶対にやらなかった長男が、就職し2年後に「親父、オレプログラム買うわ、SMIはやっぱり自分で投資しないと駄目だ」と言ってきた時は驚いた。そして自分で投資するという覚悟をうれしく思ったものだ。

 その自己成長に対する決心と覚悟が、今の長男に生きている。その決心が今の会社で長男が必要とされる人材(親ばかか?)と成れた理由と、確信している。(2009/6/1)

《平成21年5月》

『アルト47』と修社長

 今月は小生が15年間お世話になったスズキ(旧鈴木自動車工業)の鈴木修社長(※今自叙伝がベストセラーになっている)とアルト47の事を書いてみたい。私が在籍中は鈴木社長のことを『オサム社長』と皆が親しみを込め言っていた。修社長はいつも不可能に挑戦していたSMIイズムの人である。

 今自動車業界は業界始まって以来の危機の中にある。しかし軽自動車は健闘している。この軽自動車は、昭和40年代後半に無くなる危機に直面していた。

 それには、色々な要因があった。一つは昭和48年より軽自動車にも実施された車検制度。二つ目はマイカーブームが二度目の成熟期を迎え、軽ユーザーが1つ上のランクの大衆車へと移行し始めたことだった。

 ホンダとマツダは軽乗用車から撤退し、スバル、三菱、ダイハツは主力車種を軽から小型車に移行していた。業界内部ではもう軽自動車の時代は終わった、という声がささやかれていた。軽だけで2サイクルエンジンが主流のスズキは排ガス規制もクリアーするのも難しく、倒産するのではないかという声も上がっていた。

 しかし、その頃スズキの修社長は会社存亡を賭け技術陣に「35万円代で軽を造れ!造れなければお前ら全員クビだ!」と大号令をかけていた。

 修社長自身がフロンテに乗り、全国の全ディーラーを、駆け回って情報収集した結論が「軽自動車は40万円代でないと売れない」また「これからは箱バン(今のワンボックスカー)が売れる」だった。その頃、軽自動車は爆発的に売れていたカローラやサニーに対抗して、豪華になりすぎ高い車種は70万円代となり、カローラ、サニーとの価格差がなくなってしまっていた。 

 技術陣はその号令に対して「70万円代を35万円にするなんて不可能」と言って猛反発した。しかし、修社長は「それが造れなければスズキは潰れるんだ。軽自動車はなくなってしまうんだ。」と言って譲らなかった。

人間追いつめられると素晴らしい力を発揮するものである、修社長はこれからの車は多目的車だと考えた。そうしたことも含め、軽自動車の形は小さいためボンネットバンも乗用車も形がほとんど変わらない点に注目した。そしてボンネット(商用車)なら一割の物品税がかからなくなる、つまり、ボンネットバンとするだけで一割の価格の引き下げが可能になったのだ。

 その後の技術陣のモーレツなコストダウンの努力も実り、昭和54年5月のアルト47(二人乗り45万円、四人乗り47万円)の登場となったのだ。ほとんどの車が各県で価格が違うのに、アルトは沖縄から北海道まで全国統一価格というのも新鮮だった。

 小生も最初はこういう物が売れるのだろうかと思った。ところが発売後一ヶ月もすると、それまでのスズキの展示会というと閑古鳥が鳴いていたものが、注文書を書くのが間に合わない、といった状況となった。

 3ヶ月もすると生産が全く間に合わなくなった。その成功に他社も遅れまいと同じような車を出し、再び軽自動車が活況を呈し、現在の軽自動車の隆盛となった。

 この隆盛の影には、スズキの技術陣の血のにじむような努力と、強烈な個性の持ち主である修社長という一人の男の「日本の国情に合っている軽自動車の灯を消すな!」という強い思いがあった。

 この思いがなかったなら、仮に軽自動車が無くならなかったとしても、技術的進歩は10年以上は遅れ、リッター35キロ等という技術も生まれていなかったものと思う。(2009/5/1)

《平成21年4月》

『当たり前』こそが勝者を作る!

 ワールド・ベースボール・クラシックで日本が優勝した。この勝因は色々あるが、やるべきこと(当たり前のこと)を、選手一人ひとりが確実にこなしていったことが、最も大きな勝因と言えるのではないだろうか。

 日本と対戦したアメリカのジーター選手が「日本は野球の基本を忠実に実践していた。」とコメントしていたという。基本と言うことは一般的には『当たり前』のことと言えるだろう。

 先月このコーナーで20%に入るための絶対の条件として。当たり前のことをコツコツと実践できる人(組織)と書いた

 SMIの学びを全社員で続けてきた建築会社で、数年前より挨拶を地域一番の会社にしようと目標設定し、皆で実践し続けた。社員の駐車場が100m程離れている。そこから会社までに会うどんな人にも徹底して挨拶した。そうしたことが少しずつ地域で評判になった。

 そうした成果と思うのだが、私が訪問して驚かされたことに、その会社の前を歩いていると、すれ違う人達が社員でもない私に「こんにちは」と皆あいさつしてくるのだ。私は一企業の挨拶運動が地域の風土をも変えているという事を感じた。

 先日ある雑誌で教育の世界で『堀川の奇蹟』と称賛されている、京都市立堀川高校の荒瀬校長の話を知った。荒瀬校長は言う「堀川の奇蹟などと言われているが、特別なことは何もやっていません。挨拶をきちんとすること、自分で起きること、きちんと歯を磨くこと、食事をきちんと摂ること、提出物をちゃんと出すこと、そして授業をきちんと受けること、と言った当たり前のことを繰り返し、ことある毎に言い続け、やってきただけです」と。

 またそれを荒瀬校長は『やるべき時に、やるべき場所にいて、やるべき事をやる。』とも言っている。これは「(学生として、教師として)当たり前の時に当たり前の場所で当たり前の事をやる」とも言えるのではないだろうか。

 しかしこの当たり前のことを継続することが一番難しい。またそれを習慣にしていくことはもっと難しい。そしてその鍵となるのが目標・目的だ。

 私事だが、私の良い習慣の中で、19年毎朝続けてきたビジネスマン式ヨーガがある。毎朝20分は欠かさずにやる。これを始めたきっかけは同級生とのゴルフで飛距離、スコアとも負けたくないという思いからだ。そしてそれを続けられたのはそのために立てた目標設定の力だった。私は毎朝同級生に勝つ目標とイメージをし、自分を鼓舞し続けた。そして継続することに成功した。そして今では朝の習慣となり自然にそれをやっている。もしこれが「健康になりたい」で始めていたなら、三日でやめていたものと思う。

 最後に先月も紹介したが、当たり前のことの重要性をプロスポーツの選手の中でも一番認識し実践していると思われるイチローの言葉を最後にお贈りし、今月のSMI雑感と致します。そしてこの言葉にこそWBCでサムライジャパンが勝利した秘密があるものと思う。

 「成功する方法は一つしかない。小さな当たり前のことを積み重ねていくことだ」 (09,4,1)

《平成21年3月》

20%は必ず生き残る!

 今「未曾有の危機」「百年にいっぺんの危機の時代」などと言われ多くの人が大きな不安に陥っています。

 私も時々「小杉さんこういう時代をどう考えればいいのでしょうか」と聞かれる。私はいつも「どんな業種であっても20%の人は大丈夫ですよ」「20%は必ず残りますよ、20%に入りましょう」と答えている。

 SMIという原理原則に立ち戻ると、こうした考えが必ずわいてくる。これもDTMやEPPプログラムにあるパレートの法則とも言われる原理原則『80対20の法則』または『20対60対20の法則』で捉えてのものである。

 これは多くの組織とお付き合いさせて頂き、その盛衰をみている中で、私の確信となっている。売り上げが20年で30%になった業界にあっても、また伝統的な産業で、文化としてしか残らないような業界にあっても、5社に1社程は必ず良い会社がある。

 ではその20%にはいる組織はどういう組織なのか、どういうことをやっているのかと言うことになる。それは
 一つは、よく「強いもの(会社)が生き残るので はない。また知恵あるもの(会社)が生き残るのではない。結局、変化できたもの(会社)だけが生き残る。」と言われますように、20%にはいる会社は、時代の変化に対応できているいうことです。もう一つの特徴は『リーダーが明確な方向を示し、携わる人達が皆でその方向に向かって潜在能力を発揮している組織」と言うことになる。

 またそうした組織には三つのことが風土として根付いている。
@組織の理念とビジョンが明確になっている。 (→リーダーが方向を決め決意すると組織の潜在能力が発揮されます。)A社員が自分で考え、行動し、結果に責任をとるというセルフ・モ ティベーションの風土ができている。(→セルフ・モティベーショ ンから創造力が生まれ、時代の変化に対応できるようになる。)B経営者と社員同士のコミュニケーションが緊密で、信頼関係ができている。(→相互信頼がある組織は10×10は100というかけ算組織になります。) という三点です。

 もちろんこの三つのポイントはSMIプログラムの主要なテーマでもある。

 そしてここで言う20%に入る組織、人物とは単なる勝ち組・負け組などと言った単純な括りによるものでないことは当然のことである。またSMIでは20%に入る組織のリーダーはトータル・パースン(全人格)を目指すことを、提唱していることを、肝に銘じておきたいものだ。(09,3,1)

《平成21年2月》

横 綱 の 品 格

 私は大相撲が好きだ。春場所は三場所休場の朝青龍が優勝し大変の盛り上がりだった。しかし優勝決定戦に勝った後のガッツポーズが問題となって、理事長の注意を受けた。

 あるクライアントと大相撲の話しとなり、昭和の大横綱、大鵬の話しとなった。大鵬が25連勝が掛かった相撲で、行事の誤審(行司指し違い?)によって負けたことがあった。大鵬番の記者達が「大鵬さんあれは明らかに行司の指し違いで相手の足が先に出ていたことが写真でも確認できたのだから撤回してもらうべきだ」と口々に言った。

 それに対し大鵬は「横綱が行司に指し違いを受けるような相撲を取っているから悪いのです」と答えた。

 もし朝青龍がその立場だったらという話しなった、朝青龍ならそんなふうには治まらないでしょうね、と一致した。多分多くの人がそう思うだろう。

 それはやはり相撲が国技・神事からどんどん離れ、ゲーム化してしまい、強ければよい、面白ければ良いになってきたからと思う。その象徴としてのガッツポーズだったり、薬物事件と思う。

 一般の日本人には『横綱』のイメージは『横綱=強さ+品格』ということがあると思う。それが今は『横綱=強さ+面白さ?』になってしまっているのではないだろうか。

 昨年の北京オリンピックでレスリングの銅メダリストが、表彰台で審判の誤審をアピールするため、メダルを投げ捨て、退席し、メダルを剥奪される事件があった。

 上記のこととは対照的な話しとして強く印象に残ったことがある。
 サッカーの岡田ジャパンが来年のワールドカップを目指して戦っている。私は岡田監督のファンだ、以前J・リーグの試合でのことだが、上記の大鵬の話しのようなことがあった。審判の誤審によって決定的な負けをきっしてしまった。選手達が腹を立てて治まらない中で、岡田監督が静かに諭すように言った「審判に誤審を受けるようなプレイをしている我々が悪いのだ。誤審を受けないようなチームに成長しよう」。こういう岡田監督のアイデンティティーこそ『サムライジャパン』の強さになるものと思う。

 そうしたことを知り、考える時、いかにSMIのトータルパースン(全人格)えが大切かに思いを巡らす。全人格とは人間としてのバランスであり、他との関係性ということだ。

 我々の世界はバランスと関係性の中で成り立っている。人間の世界もバランスが崩れ争いとなる。私はそのバランスの象徴的な姿が『人間の品格・品性』と思う。そうしたものに触れた時に我々はそこにあこがれを感じ、安心と安定を感じるのだと思う。

 先月も書いたがSMIの創立者ポールJ・マイヤーは『人間が次の世代に残せる遺産は品性だけだ』という。横綱の品格・品性ということを目にするにつけ、この言葉の重さを考えさせられる。(09,2,1)


《平成21年1月》

人は永遠に生きつづける!

 新年おめでとうございます。
皆様の今年のご健勝とご活躍を御祈念申し上げます。

 さて、昨年の12月の第9回ビジネス塾の中で、ある経営者の方が、社員に「人間は何故生きるんですか?」と問いかけられて答えに窮したと言っておられた。

 また私も昨年末ある方から、「人間は死が絶対なのに、何故生きていくんでしょうね」と問われた。

 私も以前はその難題に悩んだ時期があった。しかし今はSMIのDPMプログラムの最終レッスン「究極の目標ートータルパースンを目指して」の最後のフレーズ(詩)で自分なりの整理ができた。

 それは

「あなたは人生の価値をどの様にはかるであろうか。
富か、権力か、名声によってか。
時があなたの行動を全て記録したところで、これらは全て色あせてしまう。
子供達は、あなたがどんな人であったかを、どうやって思い出すだろうか。
あなたが獲得したトロフィーや表彰状を思い出すのであろうか。
否。子供達は、あなたがどう笑い、どう話し、どう愛したかを、思い出すのだ。
それは、あなたの魂の羊皮紙に書くことなのだ。
あなたは、何を宝とし、何を愛するか。
あなたはあなたが達成する夢をどのように測るか。
豊に存在する命、心こそが真実なのだ。
愛、喜び、そして、平和こそが後世に残る宝なのだ。」

という内容です。

 人はたとえ朽ちても、金銭、地位、名声は残せないが、その人がどう生きたかという、愛や、精神といった魂の部分は人の心に届けることができる。そしてそれは人々の心の中で永遠に生き続ける。これこそが生きる目的ではないだろうか。ポールJ・マイヤーは著書『成功への25の鍵』で「人が後世に残せるものは品性だけだ」と書いている。

 昨年のNHK大河ドラマ「篤姫」が大ヒットした。篤姫は夫(家定)の死後、天璋院となって江戸城の無血開城に尽力し、その後自分を支えてくれた家臣全員の行き先を見とどけ、静かにこの世を去った。その時所持していたお金は現在の価値で6万円ほどだったと言われる。

 また今年の大河ドラマは「直江兼続」だ、(※私も十日町の出身なので楽しみしている)この人物も愛と情の武将として語り継がれ、人々の心に生き続けていた。400年前の一武将が今度はドラマの主役となり、全国民の心にとまり、多くの人の心の中に生き続けることとなる。


 難しい時代であればこそ、その人の本性が顕れる。今年もこのトータル・パースンの価値観を土台にし、せめて周囲の人の心に生き続ける品性(愛・心・信条・etc)を磨くことを心がけ、新しい年を良き年にしていきたいものだ。(09,1,1)


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《平成20年12月》

『Yes we can』

 SMIのマネジメントプログラムにリーダーの役目として、三つ出てくる。
 1,リーダーとは先頭に立つ人
 2,リーダーとは組織を作っていく人。
 3,リーダーとは人を育てる人。

 アメリカの次期大統領にバラク・フセイン・オバマ氏が決まった。その勝利演説(※SMIが提唱する世界そのものだった)より、正に上記の三つを備えたリーダーが登場してきたと感じた。

 演説の冒頭で「私たちは今まで長いこと、あれはできないこれはできないと言われ続けてきました。可能性を疑うように言われ、シニカルに恐れを抱き疑うように言われ続けてきました。けれども今夜、私たちはアメリカに答えをもらったおかげで、手を伸ばすことができたのです。歴史を自分たちの手に握り。・・・希望に向けて、自分たちの手で歴史を変えるために。」とこのように国民一人ひとりが主役であり、主人公だと語りかけました。

 次に国民の一致団結とアメリカの再建の戦略として「何よりも私はみなさんに、この国の再建に参加するようにお願いします。国を立て直す時、アメリカでは過去221年間、いつも同じようにやってきた。ささくれたタコだらけの手で、ブロックを一枚一枚積み上げ、レンガを一枚一枚積み上げてきたのです。」と一歩一歩前に進もうと訴えます。

 「この国の力とは、持っている武器の力からくるものでなく、持てる富の巨大さからくるものでもないのです。この国の力とは、民主主義、自由、機会、そして不屈の希望という私たちの理想が自ずと内包する、その揺るぎない力を源にしているのです。」金と、物こそが力の象徴という間違った価値観が多くの問題をつくり出したことを指摘し、人間に回帰し、人を信じ、誰もが希望のもてる国であってこそ、アメリカの再建が成り、世界にあっての存在意義となると言います。

 そして最後に「今この時にこそ、アメリカの夢を取り戻し、真理を再確認しなければなりません。大勢の中にあっても、私たちはいつも一つなのだと。生き続ける限り、私たちは希望を持ち続けるのだ。そして疑り深く悲観し否定する声に、またそんなことできるはずがないという人達に対しては、我が国の魂を端的に象徴するあの不朽の信条を持って、こう答えましょう。 Yes we can 」とどんな壁や抵抗にあっても、希望を持って、人間の可能性を信じ、前進しようと結びました。

 振り返って、『愚かな国民の基に愚かな為政者が生まれる』といわれる。今の日本を象徴する言葉に思える。結局はそれを選ぶ我々国民一人ひとりが成長していかなければならないと言うことだ。そのためにもこのオバマさんの演説で目指すものが、SMIの提唱する世界そのものである事を考えた時、SMIという仕事がいかに重要なものかということに気付かされた演説でもあった。(08,12,1)

《平成20年11月》

『SMIは凄いのね!』

 去る9月27日、28日とロータリークラブの若手育成のためのライラ研修の講師としてお招き頂き、二日間のセミナーを実施させて頂いた。研修生各位90名、ロータリクラブのメンバー各位70名で計160名の研修だった。

 セミナーのテーマは『命−生きる』だった。正にSMIが常にテーマとしていることでもあり、一日目の内容は習慣の話、三つの心構え、自己を知る、そして自分の立っている位置の確認等を実施させて頂いた。二日目は人との関係の重要性、人間の成長の本質等をお伝えした。

 いつもは相手の反応を観ながら、進めていく仕事をやっている。しかし多人数の時は、まだ未熟さもあり、反応に併せての進行ができないものである。今回もそうしたもどかしさを感じていた。

 しかし、終わって後何人かの方よりご連絡を頂いた。「人生が180度変わるセミナーでした」「自分のことを考えているようで全く考えていなかったことを知りました」また「こういう考え方をもっと若い時に知っていたなら私の人生は大きく変わったと思いました」等というお話しだった。
 
 私にとっては驚きであった。未曾有の変化の時代ということもあるのか、今までにない反応を頂いたのだ。単に私はSMIで学んできたことをお伝えしただけなのに・・・。若い研修生と、ある程度のことを成し遂げてきたロータリアンの方々が心から喜んで下さったのだった。あらためてSMIはどんな立場でどういう状況の人にも役立つ素晴らしいものだな、ということを確信させて頂いた。

 そのこと知った妻が「難しい時代になってSMIのようなものを求めている人が増えているのかしら」と言った。

 また、先日NHKの「プロフェッショナル」と云う番組の総集編を観た。各分野で活躍しているプロフェッショナルといわれる人達がどういう発想法をし、どういう行動しているかがテーマだった。「これっていつもお父さんが言ってることと同じじゃない」と妻は言う。そのとおりだった。

 その番組の第一のテーマ『アイデアの引き出し法』は基本プログラム(DPM)のレッスンに『どうしてもアイデアのでない厄介な問題は、ひとまず潜在意識に託すのです・・・そしてあなたはやるべきことに集中していると・・・あなたは「あっ」と驚くような独創的なひらめきを経験します』と出てくる。番組はその具体例の紹介だった。

 第2のテーマ『プレッシャーの克服法』はやはり基本プログラムのレッスンにあるビジュアリゼーションによる集中力の活用法と、実践プログラム(PSP)にある行動が心構えを整えることの活用法だった。

 そして第3のテーマ『モティベーションの上げ方』は正にSMIが50年前より提唱している目標設定の手法、目標と達成によって受ける恩恵と利益の明確化を、一部紹介したものであった。

 妻は番組を見終わって言った「イチローや宮崎駿もSMIと同じ事をやっている、SMIって凄いのね!」と。(08,11,1)

《平成20年10月》

桃太郎の鬼退治とキジの役目

 私は今、新潟市の龍雲寺というお寺で月二回の座禅をやらせて頂いている。第2と第4の金曜日の夜に2時間ほど座る。座禅の最後に毎回ご住職の説教をお聴きする。これが大変勉強になる。

 過日桃太郎の鬼退治の話をお聞きした。

 桃太郎は鬼退治に三匹の動物を連れて行った。猿、犬、キジである。猿は「行動力、決断力」、犬は「誠実、素直さ」の象徴だ、そして三匹目のキジのとらえ方が私は間違っていた。キジは情報を集めてくる役目と思っていたが、それでは片手落ちで、キジには桃太郎がどういう状況で、どういう状態になっているかを空から把握するという、重要な役目を担っていたという話しだった。

 またこの昔話に登場する鬼は、我々一人ひとりの心に住んでいること。また桃太郎のような優しく正しい心も誰もが持っていることを教えている。そしてこの桃太郎の心で生きていくためには、このキジのように、第三者の目で冷静に自分を見ていくことが重要だとを教えている。

 曹洞宗の開祖道元は「仏道を習うとは自己を習うなり」と云い、「人法を求むるときはるかに法の辺際を離却せり、法すでに己に正伝する時すみやかに本分人なり」といった。人間は真理を求める時、自分の外ばかりを探す、しかし自分の中にこそ真理があると知った時悟りの道が開ける、とのべている。また世界の四大聖人の一人ソクラテスも「汝自身を知れ」と云った

 しかし自分を知ることの重要性は理解はできても、実際やることはなかなか難しい。またこのことには大きな勇気も必要になる。そのため全くの手つかずで人生を送っている人が大半だ。

 SMIプログラムはその事に一番意を注いでいるプログラムとも言える。例えば「夢のマスターリスト」「自己評価の質問」また「価値観の明確化」等と云った自己対話の書式を淡々とやり続けていると、少しずつ自分というものが見えてくる。正にプログラムはキジの役目もきちんと果たしてくれている。

 考えてみれば、SMIプログラムはこの桃太郎の話の猿(決断力、実践力)、犬(素直さ、誠実さ)、そして主人公の桃太郎(リーダーシップ、正しい心)の心を全て人生に生かせるようにつくられている。そんなことを座禅の帰り道に考え、あらためてSMIとの出会いに感謝した。(08,10,1)


《平成20年9月》

潜在能力は科学を超える!

 北京オリンピックが終了した。何時もこうしたスポーツのイベントの時は、クライアントの方に、○○選手はSMIと全く同じ事を言ってましたよ、SMIをやっているのではないですか、とよく言われる。

 もちろんSMIに触れた選手もいるだろうし、そうでない選手もいる、しかし一つ言えることは勝った選手、メダルを獲得した選手は間違いなくSMIイズムを発揮した選手であるということだ。

 水泳の北島選手は小さい頃から、オリンピックに出てメダルを取ると、事ある毎に書いていたこと。また今回の金メダルを取るために、年、月、週、日、時、分、と目標設定し、行動計画にし、それを忠実に実践した。といったような多くの事例があった。

 今回は記録ラッシュの大会でもあった。特に注目された選手が、陸上のボルト選手だった。結果は100m200mとも世界新記録で優勝した。

 こうした記録に接した時だけ、多くの人の心に人間には無限の可能性がある、という思いが芽生えるのだろうか。多くの識者や評論家も「人間には限界ないのだろうか・・・」というコメントをしていた。

 しかし、こうした識者や専門家が、何故か選手や人の心に、壁や限界をつくっていることが多い。今回もボルト選手が破った200mの記録も100年(今年は13年目)は破られないだろうと言われていた。

 古くは『ハミルトンの人間限界値』に見られるように、100mを10.06秒を切ること、またハンマー投げの61.16m以上は不可能と言われたいた。今ではどちらも世界のトップアスリートにとっては平凡な記録になった。

 そうした意味で私は今では「科学的には・・・」と言う言葉に必ず疑問符?を付ける癖がついた。「宇宙の広さを測ることはできても人間の可能性の限界を知ることはできない」という言葉に象徴されるように、人間の潜在能力の世界から考えると、「科学的に・・・」ということは一つの参考資料でしかないとも言える。

 人類の歴史は不可能を可能にしてきた歴史でもある。これからも、今は不可能と思われている事を、心の壁を破りSMIイズムを持った人が果敢に挑戦し必ず創り変えていく。

 こうした真理をこの難しい時代を乗り切るために応用していきたいものだ。経営にあっても、一緒に働く人達の無限の可能性を開花させたなら、必ずやその組織は一大飛躍することは間違いない。それは理屈や科学の世界でない、潜在能力、潜在意識の世界だからこそ可能なのだ。(08,9,1)


《平成20年8月》

SMIは何も教えてくれない!?

 先月ご紹介した星山米店の星山社長はSMIを良く活かしておられる方だが、「SMIは何にも教えてくれないプログラムですね」ということを、よく口にされる。

 この言い方は、ある点においては当を得た言い方だなと、感心させられる。しかしやはり誤解を受けるおそれがある。厳密にはSMIは人類の英知(真理、原理原則)をシンプルにに教えてくれるものではあるが、個人の実践レベルに関しては何も教えてくれず、すべてあなたが考えなさいと言っている、ということだ。

  つまりSMIを木に例えれば、根っこと幹(真理・原理原則)をどう育て、維持し、強固なものにしていくかは教えるが、どういう花(個性・価値観)を咲かせて、どういう実をならせるかは、あなた自身で決めなさいよと言うことになる。

 真の成功者は、皆この根っこと幹がしっかりしている人であり、この根っこと幹の手入れを怠らず、磨き続けている人と言える。そのためにしっかりとした自分自身の価値観にそった花を咲かせ、堂々と実をならせる。しかし失敗してしまう人は、この根っこや幹のことを忘れている人が多い。そのため短絡的に、性急に、花を咲かせ実をならせようとする。それもほとんど自分自身の花でなく、受け売りの人の花を咲かせている。だからそこにはやり甲斐や喜びがない。

  しかし多くの教育が、一番大切なこの根っこと幹の教育をしない。その結果教えることはどんな花が綺麗で、どんな実がよいかと言うことばかりになった。そのため今の子供達は、答えと結果だけをすぐにも求めるようになった。そこにはプロセスが欠落している。

 人間はいくら知識や情報を詰め込んでも変化することはない。自己対話によって変化成長する。SMIに触れつづけると、この根と幹と言った土台(本質・真理)に照らして自己と対話するようになる。そして「行動計画」によって自己の価値観と優先順位を明確にし、自らで選択した花を咲かせ、実をならせるようになる。

 先月カー部品を扱う会社のSMIカンパニー社内塾一期目が終了した。この時代にあって業績を大きく伸ばされた。営業6人でこの塾に取り組んだ。経営者が「何年も変えることができず悩んだのに、半年でこんなにも変化し、大きな成果となるとは思いませんでした」と仰って頂いた。

 その経緯を観させて頂いた私には、正にお一人おひとりがSMIを通し、この根っこと幹といった人間の本質に照らして(生まれて初めて?)人生とは、働くとは、人との関係とは、と自己対話され、自ら考え、行動するといったセルフモティベーションを開花された成果だったと確信している。(08.8,1)

《平成20年7月》

SMIは絶対に勉強するな!?

 知識や情報の量で人が変わるわけでなく、原理原則(真理)の反復によって変わる。しかし多くの現代人が知識や情報ばかり求めて生きているように見える。

 SMIも、成功のための知識のプログラムとしてとらえ、SMIを勉強してしまう人ほど上手くいかない。逆に自分が行きたいとこに行くためのプログラム、なりたい人間になるためのプログラムとしてとらへ、勉強のツールとせず、成功のツールとした人ほど成果を上げている。そのことを、先日のSMI早朝ミーティングで、ある方の成長の経緯より、あらためて再確認させられた

 その方は衣料問屋の経営者で、8年ほど前よりSMIを採用し、朝のミーティングに参加されるようになった。最初はすべての事を消極的・否定的に捉えてしまう方で、勉強は苦手と言うし「大変だな、大丈夫かな」と思っていた。

 しかし、根は大変素直な方で、一番プログラムに忠実に触れ続けていたのだ。

 私が前の回の時に出したテーマに対して、多くの参加メンバーが、「このレッスンはうちの規模の組織には当てはまらないので書けなかった」と言ったのに対してこの方は「このテーマは私の社員とのコミュニケーションのこととして捉えて、書いてみました」と言ったのである。私が言いたいこともその事だったので本当に驚いた。あの方がここまで成長されたのかと。

 以前にこのビジネスを始めて、本部ディレクターの研修に出た時に、「このプログラムは反復し続ける物であり、触れてインスピレーションを得るための物です。絶対に勉強のための物ではありません。SMIを勉強の教材、単なる人生の指南書(こういう使い方もあるが)としてしまった時から、あなたはSMIの本来の目的からはずれていってしまします」と聞き、その時はどういう意味か分からずにいたが、今は自分の体験、多くのクライアントの経緯を観てその事の重要性を確信させて頂いている。

 そういえばSMIクライアントの紹介コーナーの星山米店の星山社長は「私は勉強は嫌いですから、SMIは成功のためのBGMとして触れ続ける、そして行動計画にとにかく自分の思いを書き続ける。それだけでいいんでしょ」と言っていたのを思い出す。

 そして今では星山社長の会社はお米の販売で12億もの売り上げを上げる新潟でも有数の会社になった。正にこれはSMIを知識とせずに、成功のためのツールとして使い続けた成果だ。

 私は今日もまたSMIに触れる。それは知識のためでなく、私がなりたい人間になるために。(08.7,1)

《平成20年6月》

二人の女性が引き合いをする男性

 今月は少し妙なタイトルと思われたことと思います。

 この男性は誰かといいますと、SMIクライアント紹介のコーナーで紹介した石山正博氏のことです。これは石山さんの奥さんに聞いたことなのですが、「うちは主人が帰ってくると、娘と私で主人の取り合いになるのです」「本当に主人は素敵な人なんです」と笑顔で仰られた。

私は「ごちそうさまです」という気持ちと共に、何と素敵な家庭なんだろうと思った。

 石山さんは長年JAの理事を務められた。また新発田の加治支店の責任者も長年やられた。18年前にSMIをご採用頂いた。SMIを一番きちんと学び活かしている人のひとりである。また多くの方にSMIの素晴らしさをお伝え下さった。そのお陰で「石山さんが言うなら良いものなんでしょう」と言って沢山の方がプログラムを採用された。結局石山さんのご縁で、30名近くの農業関係者が、いまSMIをご活用頂いている。そうした方々で、年数回の勉強会も実施している。

 SMIの最終目的はトータルパースン(全人格)でバランスのとれた生き方を目指すことだ。石山さんは正にトータル・パースンの人である。私が目指す人のひとりである。

 今の私では妻と娘でとり合うような人物にはとてもなれない。今の私ではせいぜい、家に帰った時に、皆が自分の部屋に逃げ込まないようにするのが関の山だ。

しかし石山さんのような方に出会え、自分を省みるチャンスがもらえるSMIとSMIビジネスに感謝と思う。

 今日から6月がスタートする、今月もまた新しい出会いがある。その出会いがより素敵な出会いになるよう、石山さんのように謙虚に、真摯にSMIを学び続けていきたいものだ。(08.6,1)

《平成20年5月》

言葉が全てをつくる

 先日、テレビで若い女性がドラマで言い合うシーンがあった。あまりの言葉のひどさと、きつさに驚いた。妻に言わせるとこんな事は普通だという。

 今若い人だけでなく、言葉が汚く、軽くなってきている。しかしこの言葉こそが人の心をつくる。言葉が人を成長もさせ、駄目にもする。

 キリストは「初めに言葉あり、言葉は神とともにあり、言葉は神なりき、この言葉ははじめに神とともにあり、萬のものこれによりて成り、成りたたるもの一つとしてこれによらで成りたるは、なし」
と言った。全てのものが言葉によって造られたと言っている。

 釈迦も「それ如来の説法は文字による。内外の風気僅かに発すれば、必ず響くを、名づけてコトバという」と言って、やはり人間の成長の中心となるものは言葉だと言う。

 以前、SMIクライアントで長年農協の理事をやっていた方から、米の検査をやっていた人が「国が悪いとか、農協が悪いとか、といつも人の悪いことばかり言っていた農家の米は、決まって二等米が多かった」と言っておられたとの話しを聞いたことがある。SMIのアファーメーションを知るまでは、そうしたことを信じなかったが、今はそうした言葉の強さと怖さを実感している。

 先日、自らの鬱病をを克服された浜松医科大の高田明和先生が雑誌に次のような記事を載せておられた。「・・・こうした状態から抜け出すのに私がしたことは、言葉の力に頼ることでした。ある人が、先生、いつもご自分に、次の三つの言葉を言い続けてみて下さいと言われた。それは、「私には困った事は起こらない」「いやな過去は思い出さない」「全ては必ず良くなる」の三つの言葉だった。

 高田先生は機会あるごとに、この三つの言葉を自分に言い聞かた。不思議なことに徐々に自らの内部にその言葉に応じる気持ちが芽生えて、次第に自分が変わっていき、鬱病が完治した。という体験談だった。

 我が家の次男は、人から見ると運が良い人間に見えるらしい。

 先日もある国家資格に合格した。妻に聞いた話しだが、次男は「○○資格に合格し、皆からおめでとうと声をかけられている」と言った言葉を部屋に貼り、よくその言葉をブツブツと言っていたとのことだった。そういえば次男の口癖はと言えば「オレは運が良い」だった。

 SMIプログラムの全てのレッスンに出てくる言葉は、『アファーメーション(※積極的な自己宣言)』だ。この『アファーメーション』が人間を変え、目標に対する継続する力を生み出す。そしてこの『アファーメーション』の最も重要な部分は言葉の力の活用だ。

 昨年の11月のこのコーナーで人間が遺産として残せるものは品性しかないと書かせて頂いた。そうした品性を作りあげるには、人格を磨き上げる言葉を自ら選び、それを辛抱強く反復していくことが最も重要になる。

 そうしたことを考えるにつけ、SMIプログラムに出会えた自らの幸運に感謝する毎日である。(08.5,1)

《平成20年4月》

「成功の秘訣は・・・」ゲーテ

 「今とっても仕事が楽しいんです、この仕事を親から次いだことを今感謝しています」とその建設資材を扱う二代目の経営者は言われた。

 「学ぶ前は、なぜ親の子と言うことだけで、親の仕事を継がねばならないんだろうといつも疑問があり、仕事が辛いだけで、全く興味が持てなかったんです」と言う。

 その話しを聴きながらSMPプログラム(モティベーションの本質プログラム)にある『成功の秘訣は自分の好きなことを探すことではない、今自分がやっていることを好きになることである』というゲーテの言葉を思い出した。

 以前、ある小売業の二代目経営者が「小杉さん、私はこのSMPプログラムのこの言葉に救われたんです。親父が突然亡くなってしまい、急遽あとを継ぐことになり、何で好きでもないこの仕事を俺がやらねばならないのか、という思いがいつもあったのです。しかしこの言葉に触れてから全く考え方が変わりました。今では経営者というこのチャンスを与えてくれた、親に感謝しています。」と仰っておられた。

 では、どうしたら好きになれるのか?ということになるが、端的に言えば「アメ(報酬)やムチ(恐怖)のモティベーションからセルフ・モティベーションへ」ということになる。

 次の話しが一つのヒントになることと思う。

 SMIクライアントに東京で数十店舗のステーキ店を展開された佐藤康之氏がおられる。佐藤氏の講演で次の体験談を聞いたことがある。北海道からの集団就職で、ある会社の社員食堂に就職した。しかし毎日が単調な皿洗いで、こんなはずでは・・・と、毎日悶々としていた。

 ある日「よーしこの皿を1時間で洗ってみせるぞ」と棚に腕時計をおいた時から、皿を洗うという単調な仕事が俄然面白く、楽しい仕事に変わったという。皿洗いでは誰にも負けなくなった。

 私は今年でSMIビジネスが20年になる。始めた当初色々な壁にぶつかった。その中でも特に初めての人に電話をかける事が最も大きなストレスだった。

 しかし電話をかけた回数とアポイントの取れた数を記録する事を教わり、それを実践するうちに、電話をかけることがゲームになった。今では著名な人にTELする時などは、どういう反応があるのかといった『冒険を楽しむ』といった気持ちでのぞめるようになった。

 今は、どんな仕事(価値観による相性というものはあるが)でもSMIで提唱するセルフ・モティベーションを持ってのぞめば、必ず楽しい、やり甲斐の仕事にすることが出来ると確信している。

 今、季節柄、町に出ると、リクルートスーツに身を包んだ新人社会人を多々目にする。その人達に心の中でこの言葉をかけている。「幸せになる秘訣は今やっていることを好きになることだよ、簡単にチョットかじった程度で自分には合わない、等と短絡的な結論を出すなよ」と。(08.4.1)

《平成20年3月》

 母 親 力 !

 先日SMIクライアントで建築会社の経営者Wさんにお会いした。その際に、ご家族の楽しいエピソードをお聞きし、心が暖められた。

 正月の3日に家族4人で犬の散歩に出かけた。土手を歩いていると小学4年の長男が「あっ、犬のウンコを踏んじゃった」と大きな声を上げた。その大きな声に対し、Wさんは、思わず「緊張が足りないからだ!」と怒鳴ってしまった。

 その息子さんはみるみる目に涙をため、泣き出しそうになった。その時だった。そばにいた奥さんが、「あっ私もウンコを踏んじゃった」と言いながら、その長男が踏んだ犬の糞を何度も踏んだ。

 「今年は運が良いよ、正月からウン(運)が付いているから」と言いながら、何度もそれを踏む。そばで見たいた中学3年の娘さんも「私も今年は運が良いよ、ウン(運)が付いたから」とやはりその犬の糞を何度も踏んでいる。

それを見ていた、今にも泣き出しそうだった長男の顔がみるみる笑顔になり、一緒になってその犬の糞をまた踏み始めた。 犬の糞をわざわざ家族で踏んでいる姿を思い描くと何とも滑稽だ、しかしまたなんと素敵な家族なんだろうかと思った。

Wさんは「小杉さんSMIを学ぶ身として情けなかったんです、かみさんがとったような受け止め方が自分はできないのか、と落ち込んでしまったんです」と仰られる。

 しかしWさんのとった態度は父親のする一般的な態度だ。これも社会の荒波の中で強く生きていって欲しいという父親の愛情の表れであり、子どもを叱ることさえしなくなった親たちがモンスターペアレントとなり、学校等を跋扈する時代にあって、そうしたことの大切ささえ感じる。

 子どもは無条件の愛で、素敵な受け止め方をする聡明なお母さんの元で育てられる限り、どんなに厳しく父親に叱られても、自立し、自分の道を自分で切り開いていくというセルフ・モティベーションの人として育っていくはずである。

 先人が言ったように『偉大な人物の影に偉大な母あり』だ。私はそうした意味において、社会は母親(聡明な賢い母)によって造られると言っても過言でないと考えている。

 SMI創立者のポールJ・マイヤーも、いかに母親の影響が大きかったかをことあるごとに述べている。私が尊敬する土光敏夫氏も「国の将来は女性が賢くないと滅びてしまう」と言って戦時中の昭和17年に女学校をつくった母の影響が大きかったことを語っている。

また今放映中のNHK大河ドラマ『篤姫』の母も、この母にしてこの子ありと感じる。このように偉大な人物の偉大な母の話しは枚挙にいとまがない。

 この四月よりNPO法人日本モティベーション協会新潟支部で、子育てセミナーを実施させて頂く。パーソナル・モティベーションを理解し実践する人が増えることが、社会の多くの問題を解決し、住みよい社会をつくることに繋がる。お一人でも多くのお母さんに、この人間の本質に基づいたパーソナル・モティベーションを土台とした子育てを知って頂きたいものと念願するものである。(08.3,1)

《平成20年2月》

『真実の自己』と対面する!

 先月のこのコーナーで『自己愛(※)』が土台と書かせて頂いた。

 先日の新潟SMIクラブの岸本達也氏講演会でも「愛でしか人は変わらない」というお話しで、その後の新年会では『愛』という言葉が飛び交っていた。しかし自己愛がない人が他者への愛を持つことは難しい。

 先回お伝えしたように、多くの学者や専門家が、自分を受け入れられない自己否定の人が増え、自分を愛せない人が増えていることを指摘している。

 その要因の一つは、相対評価の社会に多くの人が疑問を持たずにとっぷり浸っしまっていることにある。オンリーワン(絶対評価)の時代といわれて久しいのに、その意味を深く捉えることなく、相変わらず『勝ち組、負け組』などといって、金銭や地位といった単純な、そして一面的見方で人間の価値を決めている。

 パスカルは「誤りとはそれが真実かどうかということではない。人間の悲劇的誤りとは違うことを認められないということである」と言っている。一人ひとりが違って人間は素晴らしい。集団スポーツに於いても、コピー人間が集まったチームより、それぞれ個性ある人間が集まったチームの方が強いものである。

人気グループのスマップが、それぞれの花が素敵なように、それぞれ違うからこそ人間も素敵だ、と歌ったように、人間の価値も、それぞれ複雑で多様性があるからこそ面白い。スマップも一人ひとりのキャラクターの違いが面白い。

 二つ目の要因は、現代人が考えることをしなくなってしまったことにある。あのシュバイツァーが、記者に現代の問題は何ですかと問われて「現代の最も深刻な問題は人間が考えなくなったことだ」と指摘している。

 SMIのDPMレッスン12に「世の中が急激なペースで変化し、多くの情報の中にいると、とかく人間は、漠然とした一般論でしか物事を考えなくなります」とある。そうした状況の中にあって、現代人は深く物事を考えなくなり、人の受け売りを自分の考えと思いこんでしまっている。

 SMIプログラムは『自己対話のプログラム』である。そのように比較と情報の洪水の中で見失ってしまった『真実の自己』を、自己対話によってとり戻していくプログラムでもある。そして『真実の自己』に触れた時に多くの人が自分の本当の素晴らしさに知り、『自己愛』に目覚め、深めていく。

 私の好きな曲に、平原綾香の[JUPITER]がある。その中に(私は毎日心の声を聴く)というところがある。このフレーズが最も好きなとこであり、最も大切なとこと思う。

 この曲が中越地震、また中越沖地震の被災者を大いに励ました。それはこの曲が、静かに自分の心をみつめていると、人間にとって最も大切なものは何かがみえてくるよ、と教えてくれているからではないだろうか。(08.2,1)

《平成20年1月》

『自己愛(※)』が全ての土台!

 新年おめでとうございます

 SMIビジネスを通じ一昨年あたりから感じることは、努力し成長し続ける本物と言われる人にとって、いよいよおもしろい時代になってきたな、という実感です。コンサルタントの船井幸夫さんがよく言っておられたように、本物の時代がきています。

 本物の人にとってはおもしろい、やりやすい時代になってきました。裏を返せば、昨年の『偽』という漢字に象徴されるように、付け焼き刃的なことばかりやっている偽物は、必ず淘汰されていく時代でもあるということです。

 それでは本物というのはどういう人を言うのでしょうか。SMIのモティベーターという立場から考えると『自己愛による健全なセルフ・イメージを土台とし、パーソナル・モティベーションを開発し、トータル・パースンを目指す人』ということになると思う。

 お気づきのように、『自己愛による健全なセルフ・イメージ』が出発点であり、全ての土台になる。自己愛の入り口は自己受容と自己肯定感です。SMIに触れ続けていると、この『自己を愛する健全なセルフイメージ』を抜きにして、教育も、リーダーシップも、真の成功も、ありえないということに多くのクライアントが気づかれます。

 ドイツの精神家医で『自由への遁走』で有名なE・フロムは「現代社会の最大の問題は、人々がおのおのの自己関心に心をうばわれすぎているという事実にあるのではない。逆に人々がおのおのの真の自己の関心に十分に心を配らない事実にあるのだ。また人があまりに利己的であるということでなく、人が自らを愛せなくなっていることにこそある」と自己対話と自己を愛することの重要性を説いています。

 昨年起きた佐世保での銃の乱射といったような、凶悪な事件の容疑者の多くが、自分を愛せない人間(自己肯定感の欠如で自己を受け入らない)の結末であることからも、その言葉がいかに的を得たものであるかが理解できます。

 SMIプログラム(DPMレッスン4積極的なセルフイメージを築こう)では「健全なセルフ・イメージを保持するのに、障害となるものに『自己愛は悪いことだ』と教えられることです。これは間違っています。これは人間性の誤った解釈により、自己愛とわがままを混同したことによるもので、これは悲劇的誤りとなります」とあります。『自己愛による健全なセルフイメージ』を抜きにした教育や目標設定は悲劇的な結果になるのです。しかしいまだに日本の多くの教育は「自己愛は悪だ」と教えています。

 最後にあの二宮尊徳が自分を愛し、敬うことの大切さを道歌にしています。
 『父母もその父母も我が身成り、我を愛せよ我を敬せよ』
両親も、祖父母もあなたの一部なんだよ、あなたが自分を愛することは、両親や祖父母を敬することになるんだよと教えている。

 今年も、「世界は素晴らしい、人間は素晴らしい、あなたは素晴らし」と語り続けてくれるSMIプログラムに触れ続け、自分を愛し、敬せる一年にしたいものです。次回は自己愛の育成について触れていきます。(08.1.1)


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《平成19年12月》

『思い』は必ず実現する!!

 先月、新潟SMIクラブの主催でシャンソン歌手の遠藤伸子氏お迎えして、講演会とチャリティーリサイタルを実施した。

 47才の時にSMIとの出会いで、お母さんの夢であった「カーネギーホールで歌う」を思い出し、幾多の困難を克服しながら、8年で実現していく話しに、遠藤さんの素敵な歌声と共に、多くの参加者が感動した。

 私はSMIを学ぶまでは『思いは実現する』と言うのは、能力のある人の特別な話しで、一般の人には難しい事なのだ、と考えていた。現に私も時々『思い』を持ってみたが、結局肝腎な夢は実現しないではないか、と思っていた。

 しかし、SMIプログラムとの出会いで、自分が大きな間違いをしていることに気づいた。それは人間の『意識』をきちんの理解していないことにあった。

 人間の意識は大きく分けると三つある。それは一つは顕在意識、二つ目は潜在意識、そして三つ目が共通潜在意識(ユングはこの意識のことを集合的無意識と言い、釈迦はアラヤシキと言った)である。人間の『思い』はこの三つの意識を活用すれば、ポールJ・マイヤーの言うとおりに、どんな目標でも確実に実現する。

 SMIプログラムは『行動計画』を書くことで顕在意識に働きかけ、『アファーメーションとビジュアリゼーション』によって潜在意識に働きかける。そして『トータル・パースン(全人格)』で共通潜在意識を活用する。

そのように三つの意識を使って夢を、そして目標を目指せることがSMIの大きな特徴だ。また多くの方々が、SMIによって大きな成果を上げ、高い評価を得る理由もそこにあるものと思う。

 今年も残すとこ1ヶ月となった。行動計画を明確にし、SMIに触れ続けて、今年の目標を達成して、変革の年となると言われる子年を前向きに、積極的に迎えたいものである。(07.12.1)

《平成19年11月》

『品性』が運命を決める

 今年は『品性』『品格』といったことをテーマにした本が多数ベストセラーとなった。昨年も『品格本』の先駆けとなった『国家の品格』は数百万部を売り上げた。多くの人がそれだけ人間の『品性・品格』を求めている時代でもある。

 過日のボクシング三兄弟の試合に対してあがった、多くの国民のブーイングも、試合の内容もさることながら、そこにスポーツマンとしての品性を感じられないからではないだろうか。

 先日、ゴルフを趣味としているクライアントが「先月コンペで3回優勝しました」という。どうしたんですか、何かやっているんですかと聞くと「最近、プレーを始める前にコースに向かって帽子を取り『今日一日宜しくお願いします』と言って始めます。また同伴者が投げ捨てたタバコの吸い殻等を拾うと言ったことを心がけています」と言う。それですよと言ったら。「そうでしょうかね」と納得された様子だった。

 ゴルフはイギリスで生まれ、アメリカで発展し、日本人が駄目にした、と言われている。これも日本人の品性にまつわる話しではないだろうか。

 15年前に浜松グランドホテルでSMIグループの全国大会があった。その時SMIの日本での普及にご尽力下さったオートバックスの故住野敏郎氏が「SMIに触れ続けている社員ほど品があるんですは」と言っていたのが印象に残り、ヘーSMIに触れていると品が良くなるんだ、どうしてかな、と思ったものである。

 ポール・マイヤーが現した多くの著作の中に、人間の遺産とは・・として書いた『成功への25の鍵』と言う著書がある。その中に何度も『品性』という言葉が使われたいる。

『名声はかすみであり、人気は偶然であり、富は翼をつけている。ただ一つ永続するのは品性である』というアメリカのホーレイス・グリーリーの言葉を引用し、『◆考えの種を蒔けば、行動を刈り取り、◆行動の種を蒔けば、習慣を刈り取り、◆習慣の種を蒔けば、品性を刈り取り、◆品性の種を蒔けば、運命を刈り取る』といい、人間の運命はその人の『品性・品格』で決まり、また人間が遺産として永続的に残せるものは『品性・品格』しかないと言う。

 遅々とした歩みでも良い、住野さんが言うように、SMIに触れ続け、唯一の価値ある遺産『品性・品格』を磨き続けていきたいものだ。(07.11.1)

《平成19年10月》

『思想の切り売り』の時代

 先日、お世話になった女性の不幸に接した際に、親しい方が「彼女はあれもこれもと学びすぎたのでは・・・」と言っておられた。

最近、「あの人は勉強をし過ぎて失敗した」ということを時々耳にする。そうした言葉に接すると情報過多の時代の生き方の難しさを感じる。

 しかし、この言い方は事実を正確に述べているように思えない。正しくは、ただ闇雲に、貪るように知識や情報(多くは必要ないもの)をとり入れても、返って混乱し、失敗する、と言うことだと思う。

余談だが億万長者の9割以上の人がほとんどテレビ(やはりほとんど無駄な情報)を観ない、とある調査が報告していた。考えさせられる事実である。

 以前ある哲学者が、現代人が混乱し不安になるのは「思想も情報も切り売りの時代になり、繋がった体系化されたものが無くなってきた。この事が多くの人を混乱させている」と本に書いていた。

確かに『群盲ゾウをなぜる』ではないが、ゾウの全体の形を知らずに、ゾウの胴をなぜた人はゾウとは壁のようなものである、という。またゾウのシッポに触った人はゾウとはヒモのようなものであるというように、切り売りの思想や情報では、事実や真実から遠ざかってしまい、結局混乱と疑問だけが残ってしまう。

SMIプログラムの素晴らしさの一つは、体系化されていることにある。

長年SMIプログラムに触れ続けたクライアントに「SMIをやっていると、どんな本を読んでも、この本の内容はSMIのあのレッスンのことだなとか、また講演を聞いていても、この講師はSMIのあのレッスンの話しているのだな、とより深い理解ができる様になった」とよく仰って頂く。

 SMIは単なる目標設定、目標達成のプログラムではない、体系化された人間探求プログラムでもあるのだ。

だからこそSMIでは『モティベーションも成功も決してシステムや技術でなく、その人の心構えによる生き方としての結果である』と言いきる分けである。

 SMIの基本プログラム(DPM)の前半はほとんどが体系化された人間探求の内容と成っている。『目標』『モティベーション』『成功』というものは自分をまた人間をどこまで知っているか、と密接な関係がある。

結局それをやらずして『成功するぞ』と叫んでみても徒労に終わることは明白だ、仮に万に一つうまくいったしても達成の喜びはほとんど無いものと思う。(07.10.1)
《平成19年9月》

 『鏡の法則』

今『鏡の法則』と言う本が100万部を超えるベストセラーになっている。

内容は「全てあなたのまわりに起きる結果、現象は全てあなたの心の現れである」と言うことである。SMIの実践プログラム(PSP)に『世間は鏡そのものだ。その人が考えていることを正確に反映して投げ返す』(ウイリアムズ・サッカレー)と出てくる。

あのひとはいやな人だなと思っていると、相手もその人をいやなやつと思もっているものである。逆に私のまわりは良い人ばかりだと思っていると、そういう人がに集まってくる。

昔の人は「積善の家に余慶あり」と言った。善を積む家は必ず良いことが起きる。また逆も真なりとすれば、悪を積めば必ずそれも返ってくる、と言うことになる。

このところ多発している企業の不祥事、食肉偽装も賞味期限の改竄も、この法則を当てはめてみると、結局は経営トップの心がそこに写し出され、世間(消費者・行政等)がその経営者が投げかけた考えや思いにNOを返したのである。

この『鏡の法則』の鏡が一般的な鏡と違う点は、光(そのひとが投げかけたもの)をすぐに反射しない点だ、5年後、10年後いや孫子の代になって返すものさえある。

多くの失敗が目先の利益にとらわれることで起こることが多い。『鏡の法則』は長期的であることが多いことを考え、経営のあり方や家族のあり方も長期的視点からも考えていきたいものである。SMIの提唱するトータル・パースン(全人)も一生涯続くプロセスなのだから。(07.9.1)

《平成19年8月》

『挨拶』にこそ成功の秘訣が・・・

今SMIの社内塾を進めておられる食品会社で、会社の変革の第一歩を『挨拶』によって企業風土を作ると決め『行動計画』にし,実践されている。

先日その会社の社長より「おたくの会社変わったね」と早速言われた、というお話し頂いた。順調に推移している会社や組織は、例外なく事務所や工場の整理整頓が行き届き、社員一人ひとりの挨拶が素晴らしい。

以前、新聞が、震災を経験した人達が、避難所や仮設住宅で生活を営む上で、最も重要なものとして、「周囲の人との挨拶だ」という記事を載せていた。今柏崎で避難所生活をされている方々もそのことを痛感されておられることと思う。『挨拶』の大切さ、これは誰もが当たり前のことと感じることである。しかし上司が部下に対してはどうか、家庭ではどうか、というと、「さて自分はどうかな・・・」と考えてしまう人も多いのではないだろうか。

ポール・J・マイヤーがSMIを創立したのは、「成功者は特別なことをやっているから成功したのではない(結果は特別のことに見えるが)。当たり前のこと(習慣)を人より上手にやったからこそ成功した」と言うことに気付き、繰り返しのプログラムを作った。

今一度、地震の被災者の生活に思いを馳せ、当たり前のしかし最も重要なこの『挨拶』等をとおして自己を磨いていきたいものである。(07.8.1)
《7月号外》

『災難に遭う時には遭うが宜しく候・・・』良寛

 16日に柏崎を中心とした地震が起きた。当社のクラアントも多くの方が被災された。こうした天災があるといつも思い出すのが良寛が三条大地震(1828年)の時に友人に送った手紙の文だ。

『災難に遭う時節には遭うが宜しく候、死ぬ時節には死ぬが宜しく候、是、災難を避ける妙法にて候』という文だ。
『おきた現実をあるがまま受け入れ、逃ることなく、そこに身を委ねる。それを出発点にするしかないんだ、そうした姿勢こそが(その後)災難を避ける最良の方法だよ』という意味だろうか。

SMIプログラムにも『遺伝で受け継いだもの、経験で得たもの・・・そうした全てのものをあるがまま受け入れる事によって、始めてあなたの成長と前進が可能になるのです』とある。こうしたことも言葉では理解できても、現実に直面すると「そうは言っても」となりやすい。しかし良寛やSMIが言うとおり、洞察力を働かせたなら、それが最良の方法であることに気付く。

今日柏崎に行き、被災されたクライアントに何人かお会いした。

「復活をビジュアライズし、目の前のやるべきことを淡々とこなしています。」と言う、一人のクライアントの言葉に象徴されるように、正に皆さんがこの状況をあるがまま受け入れ,置かれた立場で職責をはたされておられる。そんな姿勢に私が多くの学びを頂いた。(2007.7.21)
《平成19年7月》

 暑さの中『心のレンズ』を磨き続ける

SMIの創立者ポールJ・マイヤーは「人生は心構えが全てです」と言う。心構えは心のレンズである。

このトップページに先月より、SMIクライアントでプロカメラマンの中村脩氏の風景写真を載せさせて頂いている。氏の風景写真に心を和ませて頂く。氏に「写真は被写体よりもこちらの心構えがきちんと写し出されてしまうものです」とお聴きした。結局、心をレンズと同じように磨き続けていないと絶対に良い写真は撮れないということである。

 お釈迦様は人生は三つのことが重要だと言い続けたと言われる「@信じることA洞察力を培うことそしてBいつも心を磨き続けること」の三つだ。その中でもに三番目の心を磨くということを現代人は忘れている

 ポールJ・マイヤーも、誰もが、どこでも、毎日心を磨ける物を、ということでSMIプログラムを47年前に作った。

 今、政・官・財界で信じられないような不祥事が多発している。これらも全てリーダーが心のレンズである心構えを磨き続けていなかったことに端を発している。SMIの提唱するトータルパースン(全人格)は結果ではない、プロセスである。それを目指し、心構えを磨き続ける人のことをいっている。

 この夏も暑さの中にあっても心を磨き続け、まぶしい光の中に、豊かな水の中に、逞しい生き物達の中に、そして人間が営む夏の風物詩、祭りや花火の中にも無限の豊かさを見つけ出せる自分でありたいものだ。 (2007.7.1)

《平成19年6月》

『目標を書く』ことが必須条件

ゴルフの季節だ。

 高校生で初めてプロゴルフのトーナメントで優勝した石川遼君は先日の関東アマゴルフでは8位に入った。あのプレッシャーの中ではやはり素晴らしい成果と思う。

 先回の優勝の時の彼の記事を見て、やっぱりそうかと思った。彼は小学生の時の作文に、中学2年でアマ選手権に出場する。高校生の時にアマ選手権で勝つ、そしてプロの大会でも勝つ、と書いていた。高校生でアマで勝つと書く子はいても、プロに勝つと書く子はなかなかいない。

SMIの最も重要な点は行動計画を書くことだ。目標を書く、この書くという行為は目標達成の、必要条件である。そうしたことが世界と戦うセルフイメージを育てる。@目標を書くA成りたいセルフ・イメージを描き続ける、といったことを、積み重ねていくなら、また彼は必ず勝利することと思う。

 またゴルフを見る楽しみが増えた。 (2007.6.9)


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