平成25年・26年SMI雑感アーカイブス


平成26年SMI雑感
12月 パーソナル・ミッションステートメントのすすめ
11月 沈黙と潜在能力
10月 分かりやすくし過ぎるすることの弊害

9月 多様性ある組織が生き残る
8月 健康やお金が無くても生きていける・・・しかし勇気がなない
7月 自己啓発=独学の進め
6月 「一・現・肯・楽」
5月 本物と偽物どちらが良いか・・・
4月 現代の問題は人が考えなくなっているこ
3月 勝利者は「しがみつく」生き方の人だ
2月 レジェンド葛西に思ったこと
1月 あなたの運命を支配するのは誰か

平成25年SMI雑感
2月自己受容それから自己実
11月 トキ踏んじゃった米
10月 三人の石工
9月 奉仕の欲求
8月 マイブーム「小林秀雄
7月 「どんなふうに育てたんですか」
6月 『女の勘』
5月「希望のシンフォニー」
4月 「オレは絶対にクビにならない」
3月 メールでは伝わらないもの
2月 三つの自由で「体罰」をなくす
1月 10年目の『大人の遠足』


平成27年SMI雑感へ

平成23年・24年SMI雑感へ

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平成26年12月

パーソナル・ミッションステートメントのすすめ  

 先日、建築会社の社長に年末の挨拶の電話を入れた。その社長より「今年もSMIのお陰で良いができました。ありがとうございました」と言っていただいた。とても嬉しい言葉だった。この会社は、私がお付き合いをはじめて間もなくお願いした、「企業の三業」に徹した経営をされている。

 この企業の三業とは 『@業=ギョウ(ビジョン;Vision) 生業として企業が収益を得て、維持・発展し、継続していくためのビジョンと計画 A業=ゴウ(ミッション;Mission statement)企業の理念・使命・社会的責任など、経営者の想いを社員と共有し実現化する事 B業=ワザ(コアコンピタンス;Core Competence ) 独自の技術・ノウハウ・考え方などを持っていて、その会社独自のものをつくり提供している』を言う。

 SMIのDPM−CP(カンパニー)プログラムでは、先ず「ミッション = 企業理念」を作って頂き、掲げて頂くことからスタートする。

 日本には100年、200年と続いている企業が数万社ある。これは世界的には突出した数字だという。そうした、永年、経営を維持する会社の最大の特徴は、信や和を基本とした「経営理念−ミッション」が明確なことだと言われる。

 またSMIでは個人においても「パーソナル・ミッションステートメント=働く目的・使命、生きる目的・使命」を作ることを説く。「自分自身の成功のためにパーソナルミッションステートメントを明確にし、その成功と人生の使命に対して揺るぎない自己誓約を持って人生に立ち向かうと、あなたがなりたいという人間になるという目標に向かって、非常に大きな進歩を遂げることができます。」(※DYFプログラムLesson3「目標とその達成に挑む」)

 このパーソナル・ミッションステートメントによって、人は勇気を持って目標達成に臨み、どんな壁も乗り越えることができる。

 三重県のブライダル関連の(有)クロフネカンパニー社長中村文昭氏は、結婚する二人に「なぜ結婚するのか」と問いかける。二人の結婚は、人生にとって、両親や家族に対して、社会に対して、どういう影響があり、どういう意味と責任をもつのかを明確にし、文章にできたカップルの結婚式だけを引き受けるということだ。その結果、今の日本の離婚率が3組に1組(33%)とという中にあって中村氏の所では2、000組の結婚で17組の離婚、つまり離婚率は0・85%で1%未満だ。これはSMI的に言うと、二人で作る「ブライダル・ミッションステートメント」ということになるのだろうか。

 もうすぐ新しい年を迎える、目標と共にこのパーソナル・ミッションステートメントをあらたに書きかえようと思っている。新しい自分に出会うために、そして人生の素晴らしさをもっと知るために。(2014/12/25)
平成26年11月

「沈 黙」と潜在能力

 先日、SMI社内塾の中で塾生より「なぜ沈黙が人間にとって大切なんですか」という質問がでた。しかし、「沈黙は金なり」の言葉も良く口にしており、十分に理解しているつもりだったが説明に窮してしまった。現代人のコミュニケーションの問題として【沈黙を忘れてしまったこと】にもあるという思いもあり、その重要性は感覚的には分かっているのだが説明できなかった。

そうしたことがあったお陰で、 以前読んだマザー・テレサの本によく『沈黙』という言葉があったのを思い出し、久しぶりに読んでみた。

 マザーは『沈黙』を

沈黙は、祈りの美しい実です。
言葉の沈黙だけでなく、心の沈黙、目の沈黙、耳の沈黙、精神の沈黙、
わたしが五つの沈黙と呼んでいる、

これらの沈黙を身につけなくてはなりません。
静寂の中にこそ本当のことが見えてくるものです。
頭を休めることで、感じるチカラも強くなる。
沈黙の時間を大切にしてみましょう。


と語り、マザーのお弟子さんに当たるシスター・テレジナは、

「私が見た限りでは、現代生活には音があふれ過ぎています。--------- このために、多くの人々が沈黙をおそれるのです。神(大自然)が沈黙の中でのみお話しになる限り、神(大自然)を探し求めるためには、それは大きな問題なのです。多くの若い人は、どのように思案すべきかを知らず、ただ本能的(反射)に行動しているのです。

 最近の都市は混沌とし、精神的な暴力が蔓延し、怒りやフラストレーション、叫びが溢れています。平和な田舎町や滝の落ちる音とは対照的に、都市には騒音が渦巻いています。人々は空虚さを満たすために食べ物をむさぼり、ラジオやテレビをつけっぱなしにし、家の外に出て走り回っています。しかし、このような空虚さは、唯一、霊的なもの、神(大自然)によってしか満たされないのです。

 一日の生活の中で神(大自然)に時間を差し上げ、祈り、神(大自然)と共にあるようにつとめれば、こうした精神的な飢えは簡単に満たされることでしょう。そうすることによって、神(大自然)との関係は強まり、また、精神的にも成長できるのです。しかし、私たちの社会はたいへん多くの娯楽にあふれていて、その中で祈りに満ちた暮らしをするのは、とても難しいことなのです。(ですから、自ら沈黙の時を毎日作っていくことに大きな価値があり、あなたはそれによって気付き、成長することができるのです)」

と語り『沈黙』によって自分を取り戻し、本来の自分に還ることが難しくなった、現代の不幸を指摘している。

 SMIのスペシャル・モテベーション・プログラム(SMP)に、「人間は二人集まると偽善が始まる」という言葉が出てくる。これは相手を思っての嘘、また自分を守るために自分につく嘘等を含めてだろう。それを事実とすると、人と会話している時はなかなか本心(真実)の自己対話は難しいということになる。

 成功者と言われる人達は必ず『沈黙の時間』をつくり、自己と対話する。ACミランの本田選手は「もう一人の自分であるリトルホンダとよく会話する」と言っている。正にその時は沈黙している時だ。そのように皆、成功者は沈黙することの大切さを知り、沈黙によって潜在能力と交信し、その潜在能力を発揮している人達なのだ。

 つまり「沈黙」こそが、真実の自己との対話を促し、潜在能力を発揮するための重要な鍵となるのだ。(2014/11/20)

平成26年10月》

解りやすくしすぎる、ことの弊害                

 イスラエルの学者が、日本の学生はあまりにも分かりやすい説明や、学ぶことに置いても簡単で扱い易すぎる設備等によって、学力が劣ってきているのだという指摘があった。ポール・J・マイヤーがSMIプログラムを、分かりやすくし過ぎなかったこと、また簡単にし過ぎなかったことが、SMIプログラムの価値を高めたと感じていた私には、その指摘は我が意を得たりだった。

 ポール・マイヤーは実社会に出て間もなく、次のことに気づいた。「ほとんど全ての『成功の公式』は、あまりにも複雑で入り組んでいるか、あるいは、あまりにも簡潔でやさしすぎて『栄養不良』であるために、人々は真に理解ができないまま素通りしてしまうのだ」と言い、「真に価値ある成功を求めるのなら、そうした成功の原則を、自ら考え、自ら感じとって実践していかなければならない」とも言っている。 先々月書いた『独学の人』二宮尊徳は、10歳の頃より「大学」を読んでいた。あの難しく、ほとんどの現代人が読めないようなものをくり返しくり返し読み、理解し、自己との対話を積み重ねていくことで自分のものにしていって、その学びを人格にまで高めていった。

 私も以前からこのコーナーで紹介しているように、小林秀雄、池田晶子の本を読み続けている。読むようになって既に10年以上になるが内容の万分の一も分かっていないと感じている。しかし読めば読むほど面白くなっていく。これは「読む」とは書いてはいるが、感じて読んでいるからこそ続くし、自分のものになってきているものとも思う。ただ「読む」ということであったなら、理解した瞬間に終わっていただろうし、本も処分していたことだろう。しかし「感じて読む」だから、頭で感じて読む、心で感じて読む、心身で感じて読む、そして魂で感じて読むとなり、毎回同じ内容なのに、全く変わった形で私の中に入ってくる。そしてそれらの本はSMIプログラムと共に、生涯の伴侶になってきた。

 私も今は、SMIプログラムをポール・J・マイヤーが適度な難しさを加味して作ったのも、その「感じて、触れて」いって欲しかったからだと思えるようになった。(※もしこの適度の難しさがなかったなら、あぁ俺は分かった、で終わってしまっていた)その適度の難しさがあればこそ、こちらの心の状態で全く捉え方が変わっていくのだ。それがSMIの特徴であり他に類のない点だ。

 そして、それには自分のものにし、成果に繋げていく、という決心と覚悟が必要だ。多くの大きな成果を上げたクライアントが「プログラムの価格が良かったんですね。これだけ投資するんだから、絶対にものにしなければと思ったんですよ」とよく仰られる。それこそが忍耐力と持続力になったというのである。そうした言葉を聞くにつけ、SMIプログラムはコピーや人が使ったもの、ましてや借り物ではほとんど役に立たないことを気づかされる。「SMIプログラムへの投資=自分を変える覚悟」なのである。(2014/10/20)

《平成26年9月》

多様性ある組織が生き残る

 先日、NHKの「ダーウィンが来た」という番組を(途中からだが)観ていた。リスのような動物が映っていた。ネズミの仲間のようだった。母親が13匹の子を育てていた。子供たちの様子を観ていると、エサをせっせと集めてくる子、巣作りに精を出す子、母親にぴったり寄りそっている子と、いろいろだ。私は、この母親に寄りそっている子は甘えん坊で自立できず、一番に淘汰されていくのだろうなと思った。しかし、そうではなく、天敵に襲われた時、親に守られ最期まで生き残るのがこの子なのだそうだ。と言うように、どの子にもそれぞれの役目があった。

 いろいろな会社を観させて頂き、会社や組織も多様性のある組織が最期は生き残っていくようだ。つまり、いろいろな個性的社員が集まっている会社ほど成長し、繁栄も持続していくのだ。私の好きな作家である司馬遼太郎も、明治時代の素晴らしさは、江戸時代の多様性のある社会で育った人材によって創られ、支えられていた、とくり返し書いていた。

 また、巨匠・黒澤明監督の最高傑作に「七人の侍」 という映画がある。この主役の七人のメンバーに、黒沢は‘林田平八’という武士を入れるところが面白い。そのあらましは下記の通りだ。

《野武士の略奪から村を守ろうとする農民達の頼みを受けた浪人勘兵衛は、腕の立つ仲間を集めようとする。それに力を貸す五郎兵衛とのあいだで、こんな会話が交わされる。

勘兵衛   「・・・ところでお主は」
五郎兵衛 「一人とれた」
勘兵衛 「ほう!」
五郎兵衛 「腕はまず・・・中の下」
勘兵衛 「中の下?」 五郎兵衛 「ウム、しかし・・・正直な面白い男でな。その男と話していると気が開ける。苦しい時には重宝だと思うが」
勘兵衛 「いや、かたじけない」  

腕の立つ侍を集めている時、二人が敢えて「腕は中の下」という人物を仲間に加えた。その意味は深い  この男、林田平八は、腕はそれほど立たなくても、「苦しい時に話していると気が開ける」という人柄の男だった。平八のような人間の価値を数字で表そうとしても、とてもできるものではない。そこに注目することのできた勘兵衛は、さすが総大将の器だったと言える。》

 この話は、組織には多様性が必要だということを言っている。また成功するリーダーがそのことを理解し、そうした組織作りをしていることの好例でもある。  

 正にSMIプログラムは、組織においても人材の多様性を作り出すプログラムだ。SMIプログラムは100人が使うと100人の個性が発揮されるようになる。だからSMI社内塾を採用した会社は、社員それぞれの個性が発揮される。その結果多くの多様性を持った社員が育成され、組織は強くなり成功していくのだ。 (2014/9/20)

《平成26年8月》

お金・健康がなくても生活できる、しかし勇気がないと・・・

 DPMプログラム レッスン15「成功への勇気」という中に『人はお金・教養・健康がなくても生活できる。しかし、たった一つ勇気がないと生きていけません』という言葉がある。
 多くのクライアントが、プログラムを学び始めた当初、この言葉に戸惑うようだ。私もそうだった。

 先日もある会社のSMI社内塾の塾生より「どうしてもこの考えが納得できません。勇気がないと生きていけないのは間違いがないと思いますが、お金と健康がなくても本当に生きていけるのか、とても疑問に感じました」という質問が届いた。
 これは、我々健常者が一般的にとらわれている考え方だ。端的に言えば、多くの障害を持っている人はどうなるのか、ということだ。乙武君は手足がない。しかし、普通に生活し、私のような健常者より多くの人に影響を与え続けている。最も乙武君自身が障害者と気づいたのは早稲田大学の学生になってからのことだが・・・。

 私のクライアントに、今、氷水をカブルことで話題になった(その行為には疑問があるのだが・・・)ALSという難病のYさんがいる。この方は20年ほど前にALSを発症した。その数年後、全く起きあがることができず、自力での呼吸も困難になった時、大きな決断を迫られた。この状況を放置し死を受け入れるか、それとも家族に苦労をかけるが生きることを選ぶかという選択だ。Yさんは家族の同意を得て、生きる決断をした。この決断は本当に勇気が必要だったことと思う。手足は動かないため、虫に刺されても、かゆくても痛くてもどうにもできない。そのかゆさと痛さを受け入れ生きていくしかないのだ。それは想像を絶するつらさであろうと思う。本当にすごい勇気だ。

 一度、このY氏に無理を言って、こめかみを使ってのパソコン操作によるデジタル音声での講演をして頂いた。その姿を見ながら、私は「健康がなくても生活できる。しかし、勇気がないと生きていけない」を実感させてもらった。

 それから「金がなくても生活できるし、成功もできる」という経験体験談は、枚挙にいとまがない。パナソニックの創業者松下幸之助は「私は金がなかったから工夫したんです。金がなかったからこそ成功できたんです。」と良く語っていたという。

 金がなくても国をも動かす人間になった、ということで思い出すのは明治時代の日露戦争当時の外務大臣小村寿太郎だ。小村は父が残した借金のため、生涯貧乏だった。NHKで放映された『坂の上の雲』でも、たばこを買う金にも苦慮し、いつももらいたばこをしているシーンが映っていた。外務大臣でありながら生活は貧乏だった。

 しかし、国のためにという一心で、小村でなければできなかったという功績を外務大臣としてあげる。考えてみれば、明治維新を成し遂げ、明治の国家をつくっていったのは、皆貧しい下級武士の出身者だった。坂本龍馬しかり、西郷隆盛しかり、そして初代総理大臣伊藤博文しかりだ。

 こうしたことを言うと、時代が違う、等という人がいる。しかし、今もちょっと探せば、貧しい家庭の出身者が大成している話には事欠かない。スマップの中居君や、俳優の風間トオル等も極貧生活を送っていたことを告白していた。

 家が貧しかったから、体が丈夫でないから、ということを言い訳にし、行動しない人はたくさんいる。しかし多くの成功者がそうであるように、そうしたことをハンデとして諦めるのでなく、勇気を持てればそのハンデをバネにし、チャンスにしていく生き方もできる。結局、ポールJ・マイヤーの言うとおり人生は心構えがすべてなのだ。(2014/8/20)


平成26年7月

自己啓発=独学の進め


 先日ご紹介を頂いた方に電話をかけさせて頂いたら、「自己啓発のようなものでしょう、自己啓発はな・・・」という言葉が返ってきた。この方は明らかに、人が学び成長することがどういうことであるかを誤解している。 学ぶことは自己啓発、つまり独学をするしか方法がないのだ。自己啓発を通して生涯自分を磨き続けることが人生だ。

 自己啓発、独学でしか学ぶことはできない真理を覚った著名人は次のように指摘している。

★土光敏夫
「教育はチャンスにしかすぎない。これを活かすも殺すも本人次第だ。一体人が人を教育することは可能であろうか。上司が部下に能力を植え付けることができるのか。創造力とか活力といった高度の能力を、外側から付け加えうるのか。もしイエスという人がいたら、その人は錯覚しているのだ。彼はチャンスを与えているにすぎない。そのチャンスを活用するかどうかは、チャンスを与えられた本人の自主性を待つしかない。本人の自主性において、そのチャンスを自家薬籠中のものに化するのである。つまり真の教育は〈自己啓発〉にその基礎をおいているのだ。」
土光さんはドイツ留学後、独学で日本初のタービンを作り上げる。そして大きな信頼を獲得した。

★前田英樹氏
「本当に大事なことは、何ひとつ教えることはできない。この自覚のないところに、教育があるのだろうか。学ぶということが成り立つのだろうか。学ぶのは、この自分が学ぶのである。生まれてから死ぬまで、身ひとつで生きる自分が学ぶ。この心身を通さないことは、何ひとつ、それこそ箸の持ち方ひとつからして覚えられない。体を使わない勉強だって、それと全く同じである。この身がたったひとつであるように、私の心も、気持ちもただひとつのものだ。」
前田氏は「独学の精神」の中で、二宮金次郎の薪を背負って本を読み学び続けた姿にこそ独学の原点があると書いている。

★ポールJ・マイヤー
「あなたの願望を現実に、夢をまことに、欲望を堅固な達成へと変えてみたいと思うなら、自己をモティベートすることが、最大の鍵となります。事実上世界は一つしかありません。
それは、あなたの内なる世界であり、あなたがあなたの勇気、エンスージアズム、技量を自ら育て、あなたの能力に対する信頼と信念を育てていく世界なのです。あなたがあなた自身の知性を磨き、自己をモティベートし、あなたの目標を達成して、実体のある現実へと変えていく場所は、この内部の世界をおいて、他にありません。」
ポールマイヤーはアカデミックの学びでは、生きていく上ではあまり役に立たないということから大学は3ヶ月で中退している。そしてその後独学で哲学、心理学を学びながら、自分の体験を基調としたSMIプログラムを作り上げていく。その独学で作られたプログラムが、アメリカの大学ではひとつの単位にもなった。
  
 そしてそのような独学によって、真理を掴んだ人がとる姿勢は、やはり独学で絵を学び、独特の境地を開いた日本画家の堀文子さんの言葉に集約されると、私は感じている。
「私は、人を頼らない人間、自立した人間、理性で自分を支配することのできる人間、そんな人間になって生きようと志を立てました。」そして「群れない、慣れない、頼らない。これが私のモットーです。」 
(2014/7/20) 

平成26年6月

『一・現・肯・楽』

 言葉が人を作る。このコーナーでも何度も言葉の重要性を書いてきた。私もこうして元気でやって来られたのは、言葉のアファーメーションを続けておかげと思う。今回は、勇気を出し、自分を励ます言葉の作り方の重要なポイントを紹介したい。  

ポイントT;(一人称で始める)「私」という第一人称で始めた方が効果的だ。「私」がなくても充分に効果があるという説もある。しかしアファーメーションを作る際に「私は・・・」と始めると、次の言葉が出てきやすい。そうした副次的効果もある。
(例)私は健康だ、私は幸せだ、私は素晴らしい。

ポイントU;(現在形にする)言葉の力は未来形や現在進行形でなく、現在形でいいきった方が効果は大きい。少々体調が悪くても、物事が上手くいって無くとも「私は健康だ。私は幸せだ。私は偉大な人間だ」と、現在形で言い切ってしまうことである。これはイメージ、ビジュアライズと深く関係していて、大きな力を発揮する。
(例)中村天風は弟子達に必ず次のアファーメーションを進めたという。全て現在形だ。「私は力だ。力の結晶だ。何ものにも打ち勝つ力の結晶だ。だから何ものにも負けない。病にも、運命にも、いな、あらゆるものに打ち勝つ力だ。そうだ、私は強い、強い力の結晶なのだ。」

ポイントV;(肯定形にする)言葉は積極的・肯定的に表明されると、より効果的でイメージできるものとなる私は、今は 「積極的か消極的か」というよりも、「肯定的か否定的か」の方が重要と感じている。「肯定的」は素直さにつながる。だから、積極的・否定的な人より、消極的だが肯定的だという人に可能性を感じる。(例)ポールマイヤーが朝のスタートにやっていたというアファーメーション。「今日という日は神がつくりし日なり、私は歓喜し感謝する」

ポイントW;(楽しいものにする)否定的な言葉で楽しいものはない。楽しさ=肯定的とも言える。そして人は描けないものを楽しむことはできない。楽しい言葉はイメージと繋がっている。(例)SMIクライアントで、講演の回数日本一の田中真澄氏は次の言葉を鏡の前で3回言って一日をスタートするという。「真澄ちゃん、今日も元気で頑張ろう!!」

 効果的なアファーメーションはビジュアリゼーションと繋がっている。そうしたことからしてもこの「一・現・肯・楽」は重要だ。この4つのポイントが間違いなく想像力を喚起し、作るアファーメーションをビジュアリゼーションと繋いでくれる。

 20年以上前に、私はこの考えをDPMプログラムのレッスン11「アファーメーションの威力」で知った。知って間もなくヤマト運輸のトラックの後ろの標語が『私は安全運転しています』大和太郎 ときっちり「一・現・肯・楽」になっているのに驚いた。そのころはまだ他の運送会社は全くそうした考えはなく「今日も無事故・無違反で・・・」「私は絶対事故を起こしません!」といったものだった。やはり伸びてる会社は言葉の使い方一つとっても違うんだなと感じ、やはり成功する会社は、意識している意識していないは別としても、結局はSMIと同じことをやっているんだなと感心させられたものだ。
(2014/6/10)


《平成26年5月

本物と偽物どちらがよいか・・・?

 今年の初め、昨年「希望(魂)のシンフォニー ともてはやされて大ヒットした交響曲が、作曲者が違っていたということで大騒ぎになった。このSMI雑感でも昨年の5月にその曲を取り上げて書いたので、とても気になった。

 私はそのことをテレビで知ってすぐに、小林秀雄と岡潔の対談(※人間の建設)を思い出した。その対談の中で小林と岡は本物が良いか、贋物がよいかというのは簡単に評価できないものだ、ということで下記のように言っている。

小林
 絵でもそうなんですよ。私はゴッホのことを書いたことがありますが、ゴッホを書いた動機というものは、複製なんですよ。その複製を見て、感動して書いたのです。その後、ゴッホの生誕百年祭でアムステルダムに行きまして、その原画を見たのです。ところが感動しないのですね。複製の方がいいですわ。色が大変違うのですが、その原画は、あんまり生々しい。それが複製されると、ぼんやりしていて落ち着いてくるのです。複製の方が作品として出来がいいのですよ。このごろ真贋問題とかで世の中が騒ぎますが、てんで見当が違うことだと思いますね。それは贋物と本物は違うという問題はありますよ。しかし人間の眼だって、そんなによくできたものではありませんよ。絵を見るコンディションというものがありますよ。千載一遇の好機に、頭痛でもしていたら、それっきりです。
 そうですね。原画であろうとなかろうと、動機なしに感動するということはできない。ともかく何もないのに感動せよと言ってもできませんから、むつかしいものですね。必ずはっきりした物があって感動する。
小林 一人でイマジネーションを働かしていればいいわけなんですが、そうはいかない。複製でも何でも物がなくては、きっかけがなくては、感動できないということは不思議ですね。

 私は今でも時々、その「希望のシンフォニー」と言われた曲を聴く。特に第3楽章の最期のテーマは本当に美しいメロディーで、今でも聴くと感動する。  

 あるジャーナリストが書いていた。「ワーグナーの生涯は、人との約束は平気で破り、多くの人に迷惑をかけ、とても誉められた人生ではなかった。しかし、曲の素晴らしさはそうしたことと関係ないのだ」と。

 私は以前、権威ある人達の評価でそうしたものの価値を決めるところがあった。しかしSMIを通じ自分自身の価値観の重要性を知った。今は自分が良いと思ったものが良いのであると言えるようになった。だからこれからも作曲者が違っていたその曲も聞き続けることと思う。
(2014/5/5)


《平成26年4月

現代の問題は人が考えなくなったこと

 シュバイツァーが記者から“現代に一番の問題はなんだと思いますか”と、問われ「現代の人間は考えることをしなくなったことです」と答えたと言われる。これは多くの心ある識者が指摘している現代人の最も憂うべき病だ。

 私もこの言葉を通じ「もっと自分で考えましょうよ、自分の考えを持ちましょう」と周囲の人に話す。そうすると多くの人が「いや、そんなことはない。私は考えていますよ」と言われる。
 
 DPMレッスン12に「現代人は一般論で物事を考えるようになってしまっています。読んだり聞いたりしたことに、さまざまな感想を持ちますが、一つの事を大雑把に理解すると、すぐ次のことへ移っていきます。このようにしていると、物事を個々の問題毎に考えるのではなく、一般論として考える習慣が身に付いてきます」とある。このフレーズもポール・J・マイヤーが現代人が『考えていない』ことを端的に言ったものだ。

 現代人がこのように激しい変化と情報の洪水の中で、ほとんど自分で考えずマスコミや評論家が言った一般論を自分の考えと思いこみ、次のテーマに移り、自分で考えることをしないというミスを繰り返しながら生きている。

 その良い例が2月のソチオリンピックの時にあった。フィギアスケートの浅田真央がショートプログラムで転倒し16位になった時、マスコミが森元総理のある講演の一部からとったONEフレーズだけを使い“またしても森元総理の失言「見事にひっくり返ってしまった。あの子は大事な時に必ず転ぶんです。」”と報道された。そのニュースを聞いただけだと、私も一時(全く森さんは選手のことも考えずに・・・)等と思った。

 しかし、ただ一方的な記事だけでは分からない。森さんもそこまで愚かではないだろうと思い、調べてみた。そして分かったことは、森さんは「浅田さんはかわいそうだ」「日本フィギアスケート連盟が、とても無理な団体でのメダルを目指して、その犠牲に浅田さんがなってしまった」「スケート連盟はもっと考えて団体出場を決めるべきだった」ということを伝えたかったのだった。

 あらためてその事実を知って考えさせられた。真実を知らせるべきメディアが面白おかしくするために真意を曲げ、発言の一部分だけを切り取って伝えていたのだ。こうしたことからも、確かめ、もっと自分で考える習慣をつけねば駄目なんだなと、痛感させられた。

 こうしたことは日常茶飯事おきている。辞任に追い込まれた防衛大臣。人気が急落して芸能界から去っていくスター。などと枚挙にいとまがない。そうした意味では、一般論だけで納得してしまい、考えることを怠る我々一人ひとりがそうしたことの加害者になっているともとれる事実だ。

 SMIは自己対話のプログラムだ、必ず自分で考えることを要求してくる。なぜならそれは自分自身の『価値ある目標、目的』に近づくためである。そして徹底的に考えた人間は、必ずその人が持っている人間としての善性を発揮し、自己実現するとも教えてくれる。
(2014/4/5)


《平成26年3月

勝利者は「しがみつく」生き方の人だ

 過日お彼岸と重なった連休を利用し、栃木県足利市にある妻の実家のお墓参りに行った。帰る時妻の実家で好物の美味しい『最中』を頂いた。そしてその『最中』を食べながら先月このコーナーで紹介したアンドリュー・カーネギーの言葉を思い出していた。

「どんな仕事でも成功への真の道程は、あなた自身がその道の達人となることだ。あなたの資質をあれも、これもと方々に撒き散らすやり方には、私は信をおかない。私の経験では、多くのことに関心を持った人で産業界や経済界において、大きな成果を上げた人に会ったことがない。成功した人は、一つの専門を選び、それにしがみついてきた人である」という言葉だ。

 この『最中』は足利の『香雲堂』という店で作っている。その『最中』の化粧箱の中には必ず一枚の紙が添えてある。その紙には、やはり書家として生涯を貫いた故相田みつを(足利出身)の筆による店主の信条(言葉)が書いてある。
 「ひとつのことでも なかなか思うようにはならぬものです だからわたしはひとつのことを一生けんめいやっているのです」 香雲堂主人

 この『最中』をおみやげにすると、皆さんが喜んで下さる。『最中』が嫌いな人でも「これは食べられる。皮も美味しいね」と言ってくれる。私は食べながら、この『最中』は、正に『最中』だけにしがみついた店主の一途な思いが味になったのだと思った。

 大相撲では、あまり目立たなかった関取鶴龍が横綱になった。一意専心、努力の人だった。
 鶴龍は2001年九州場所で初土俵を踏んだ時は体重は80キロ前後と線が細く、一進一退を続けた。「どうすれば強くなれるか。自分なりに考え続けた」と強い意志で努力し、2年前に大関昇進。横綱昇進が決まったが、初土俵から所要74場所と外国出身で最も遅い記録となる。そうしたことからも、あきらめることなく、鶴龍が相撲にしがみついた一途さを感じることができる。


 SMI実践プログラム(PSP)の第二部レッスン3「ただ一つの目的」に
「あなたが人生で追求することに決めた目標は、全ての自己誓約と忠誠を注げるようなものでなければなりません。その目標は −他の人の気に入ろうがいるまいが − あなたにとっての価値と意味を持つものでなければなりません。アルバート・シュバイツアー博士は、他の人への奉仕に捧げた人生を通じて、確固たる名声と評価を得ている人ですが、次のように言っています。『私は、幸福を探求します・・・人それぞれが究極の幸福を手中にするには、自分を乗り越えた動機を発見せねばなりません。』 ただ一つの動機 − 第一の目的 − 一つの目的に対する揺らぐことのない献身 − これらは全ての成功者の陰に必ず見られる特徴なのです。」とある。

 勝利者であれもこれもとやった人はいない。勝利者は一途に、一点を見据えて、それだけを目指し続けた人達なのだ。(2014/3/25)



《平成26年2月

レジェンド葛西に思ったこと

 このコーナーでよく紹介しているH社長より、先日電話があった。仕事の確認の電話だったが、いつものように最期にSMIの話になった。有名な「鮮やかに想像し・・・」で始まるポール・J・マイヤーの言葉の訳し方を、下記のようにした方がマイヤーの真意が伝わるのではないかということだった。

 それは「鮮やかに想像し、熱烈に望み、心から信じ、魂をこめた熱意を持って行動すれば、何事も必ず実現する」これを「鮮やかに想像し続け、熱烈に望み続け、心から信じ続け、魂をこめた熱意を持って行動し続ければ、何事も必ず実現する」にする方が伝わる、というのである。

 私も全くその通りだなと思った。

 ソチオリンピックのスキージャンプで16年ぶりにメダルを獲得した葛西選手は、正にH社長が言う通り、「・・・し続け、・・・し続け、・・・し続け」を積み重ねた結果、前人未到の記録を打ち立て「レジェンド」と呼ばれるようになった。

 スキージャンプの本場、ヨーロッパでの葛西選手の人気は想像を超えているようだ。今年の1月11日のワールドカップ史上最年長優勝を達成した際には、ワールドカップ史上最多勝記録を持つグレゴア・シュリーレンツァウアーからは脱帽しての最敬礼での祝福を受けた。またオーストリアの新聞は何紙もこれを一面トップで報じ、ドイツの公共放送ARDは「『脅威』という言葉は、これからは『カサイ』にすべき」と賞賛されたという。(※ウキペディアより)

 これらの偉大な成果は、葛西選手が亡き母を思い、病の妹を思い、そいて自分自身への思いを21年間「思い続けた」からにほかならない。
 鉄鋼王アンドリュー・カーネギーの言葉に「どんな仕事でも成功への真の道程は、あなた自身がその道の達人となることだ。あなたの資質をあれも、これもと方々に撒き散らすやり方には、私は信をおかない。私の経験では、多くのことに関心を持った人で産業界や経済界において、大きな成果を上げた人に会ったことがない。成功した人は、一つの専門を選び、それにしがみついてきた人である」

 葛西選手もこの言葉に当てはめれば「スキージャンプ」にしがみついてきた人だ。そして、ついに思い続けたメダルを取った。

 SMIでは「成功」の反対を「失敗」とは言わない。「途中で止めること」と言う。また、「成功とは価値ある目標を、前もって設定し、段階を追って実現すること」と定義し、成功は結果ではなくプロセスにこそあるという。うした点から考えても、

「鮮やかに想像し続け、熱烈に望み続け、心から信じ続け、魂をこめた熱意を持って行動し続ければ、何事も必ず実現する」と表現した方が適切に思えてくるのは、私だけではないと思った。(2014/2/21)



《平成26年1月

あなたの運命を支配するものは誰か!?

 SMIビジネスを通じ色々な人と出会い、人生は『期待の力』が大きく働くことをよく考えさせられる。期待の力は、周囲の人の期待と自分が自分に対して抱く期待とがある。そしてその二つの期待がコラボし、相乗効果となったとき更に大きな力となる。

 昨年末、その期待の力による体験談を、私が4年ほど前より指導させて頂いている会社(※車関係)のSMI社内塾の塾生から聞かせてもらった。
 その塾生は茨城県出身で、今、経営者としての修行を兼ね、全国展開している車の整備工場のフロントの責任者として活躍している。民間の車検工場には、検査員という重要な資格の取得者が必要だ。その資格の取得には多くの整備士が苦労し4回、5回と試験に落ちてしまう人も少なくない。しかし、その方は一発で合格した。その理由を彼はこう話してくれた。

 「自動車免許の試験も落ちてしまうような私が、検査員の資格を一発で合格できたのは、実家が自動車整備工場で、両親が口癖のように『お前は検査員の資格を取るんだよ。必ず一回で取るんだよ』という言葉を幼い頃から聞かされていたからだと思います。
 しかし、私は当初実家の後を継ぐことを受け入れらず、学生の頃には、両親とは車の仕事なんかやりたくない、後なんか継がないと言ってよく大ゲンカをしていました。
 そして専門学校卒業後は地元のディーラーに就職しました。しかしそこでも実家が整備工場と言うこともあり、周りからはできて当たり前のような期待やプレッシャーを感じ、気持ちの上でもう限界と思い、会社にも友人にも告げず、仕事を放り投げ、九州まで逃亡し、悩み苦しんだこともありました。
 その後も紆余曲折があり、悩みながらも仕事を淡々と続けていく内に、仕事の面白さが分かってきて、結局は『よし!両親の後を継ごう』と決意することができました。それを振り返ってよく考えてみると、両親がどんな時も私を信じ、期待をかけてくれていたお陰だったのだ、と今は思えるのです。そしてその両親の縁で、この会社で働かせてもらっています。またこのようにSMI社内塾のメンバーに選んで頂き、SMIを学ぶ機会を得て、両親の口癖と期待こそが私の背中を押してくれるアファーメーションとなったのだと、気づくことができたのです。あれほどイヤがっていた両親の口癖が、私の潜在意識にあったからこそ、検査員の資格も一発合格できたと思うのです」

 私はこの話を聴き、若くして彼が人より一歩抜きんでて、人望を集めるわけが分かった気がした。

 「期待の力」の象徴的な話として、SMIブロッシャーにノーマン・ビンセント・ピール博士の『積極的な期待を持って一年を送るなら』という話がある。

 【一年の終わりに当たり、あるグループの人々が新年への期待を紙に書き出しました。そして、それぞれが「新年への期待」を封筒に入れ封をし、翌年の終わりに封を開け、それぞれが声を出して読むことにしました。結果は注目に値します。

★一人はこう書きました。「来年は今までよりもっと悲惨なことが起こるだろう。私にはそれしか予感できない」この人にはこの通りのことが起きました。】
★ある女性は、生まれ月の山羊座の星占いに基づき「困難と挫折に出会うだろう」と書きました。そして、やはりその通りになったのです。
★この人と同じ月に生まれた別の山羊座の女性は、困難に出会うなど度考えもしなかったし予想もしなかったお陰で、実りある1年を送りました。
★その年に死亡した人もいました。この人の封を開いてみたところ「期待すること」としてこう書いてありました。“私の家系には60歳以上長生きした人はいない。だから私も今年中に死ぬと思う”。彼が死んだのは60歳の誕生日にあと1ヶ月という時でした。

 これらのことを認めるかどうかは別問題ですが、消極的なことであっても、積極的なことであっても、誰にでもそれぞれが期待した通りのことが起こるのです。】

 DPMプログラムレッスン16「究極の目標 − 全人格を目指して」に、『積極的・肯定的な期待を持って人生を生きると、人生が容易になります』とある。逆も真なりとすれば『消極的・否定的な期待を持って人生を送ると、人生は難しく複雑になっていく』ということになる。
 こうした積極的・肯定的な期待の力が人生を創っていく。一般的に人は誰もが順調にいっている時には、積極的・肯定的な期待を持って考え、行動していく。だが逆境に出会うと消極的・否定的なものに引きずられ、原理原則(真理)から遠ざかり、更に苦しむことになる。しかし、我々クライアントは、そうした時にあっても、また意気消沈していても、何度も、何度も、何度も・・・何度でもSMIの原理(真理)に戻れば良いのだ。『明日への希望を持つことで将来に対する不安は全て消え去るのです。』(※DYFプログラムレッスン1「あなたの夢は実現します」)というように、SMIの真理は人を解放し、人間を自由にするのだから。

 ポール・J・マイヤーは言う。期待の力によって支えられた目標設定の恩恵を一言で表現するとしたら、下記の言葉になると。

   『あなたは自らの運命を支配する』

 SMIクライアント同士「期待の力」を持って目標設定し、自ら運命を創っていきましょう。(14/1/1)
   

《25年12月》

自己受容それから自己実現

 12月22日、今年も米沢興譲教会の田中先生より学ばせて頂いた。今回も田中先生は最後の鍵は「自己受容」にあることを言っておられた。結局自分を愛せないと物事は上手くいきませんよということのようだ。

 自己受容 ------- 自分自身そして、自己を取り巻く全てを受け入れ、自己を愛することをやらないと全ては始まらないということだ。よく人生は自己実現が目的だと言われる。 しかし、それも自己認識・自己受容があってのことだ。つまり、順序としてはステップ@自己認識、ステップA自己受容、ステップB自己実現となる。

 SMIプログラム(DPM)もレッスン1〜レッスン3が「自己認識」、レッスン4〜レッスン7までは「自己受容」、そしてレッスン8より「自己実現」、最終的に全人格(トータルパースン)」という流れで、そのステップを踏んでいる。
 また、どうも人間はしっかりと自己受容が出来ると、自己実現を目指すようになるようだ。それが人間の本質のようである。つまり、自己愛・自己受容がないと本当の意味での自己実現はない。

 自己受容の良い例は、田中先生もよく紹介されている手足がないのに教員となり、実体験を通した小説を書いた乙武洋匡氏だ。それを乙武氏が最近出版した本(※「自分を愛する力」講談社)にも、手足がない自分をあるがまま受け入れ、受容してくれた母親のことを書いていた。

『手足のない赤ちゃんをどう母親に対面させるかで悩んだ病院と父親は、一ヶ月後に対面させるということにした。・・・そして一ヶ月後、対面したお母さんが最初に発した言葉が「カワイイ」だった。
 この言葉が、この時の母親の感情が、ボクの人生を決定づけたと言っても過言ではない。もし彼女がこの時抱いた感情が、「嘆き」や「悲しみ」といったものだったとしたら、僕の人生はずいぶんと違ったものになっていただろう。
 こうして、僕と母の出会いは、わずかな曇りもない晴れやかなものとなった。母親の胎内に手と足を忘れてくるという、とんでもなくうっかり者の息子を、母は認めてくれた。受けとめてくれた。僕が「不幸行き」の列車ではなく、「幸福行き」と書かれた列車に乗ることが出来たのは、正にこの出会いがあったからだと感謝している。』

 400万部のミリオンセラーなった最初の本『五体不満足』に、乙武氏は早稲田大学に入って、初めて自分が障害者なんだということを認識した、と書いていた。

 このように自己を受容し、愛している人は自己を実現したくなり、人の役に立ちたいと思うものだ。それが乙武氏が、車の免許を取り。教員となり。小説家としてもデビューする。そして東京都教育委員に任じられるといったことに繋がったものと思う。

 SMIに『あなたは、自分自身の長所、短所、強味、弱点を全てあるがままに受け入れることが大切です。あるがままの自分を認めるということは、遺伝的に受け継いだもの、経験で得てきたもの、それらに対するあなたの反応を全部ひっくるめたもので、あなたができあがっていることを、自分で認めることです』(DPM・レッスン4)とある。あらためて田中先生より学ばせていただき、あるがままの自分を受け入れ、認めることの重要性を感じさせて頂いた。(2013/12/24)



《25年11月》

トキふんじゃった米

 起きる事実には良い悪いは一切ない。その起きた事実をその人がどう受けとめるかがあるだけだ。DYFプログラムのネガティブケイパビリティー『負の能力』をきちんと捉えていると、全ての現象、起きること全てをプラスに転換出来る事となる。

 過日、ニュースで佐渡の米「トキふんじゃった米」という佐渡のコシヒカリが紹介されていた。面白い発想で、ハンデを逆手に取った話だ。今、佐渡には180羽のトキがいる。佐渡トキセンターの所員と佐渡島民の努力が実っての成果だ。

 しかし、トキは稲作作りの水田にとっては害鳥となる。これまで農家の人達は、トキが生息できるようにと、農薬や化学肥料を使わずにカエルやドジョウが住める水田を作り上げてきた。結果、田植えをした水田にトキは苗を踏んづけながらエサを食べに来る事と相成った。そして当然ながら、収量がなかなか上がらない田圃となった。
 そこで考えられたのが、トキが食事をしてくれる安全安心な品質を保証してくれる田圃の米ということで売り出したのだ。評判は上々のようだ。

 また、このコーナーで時々紹介しているユニークなSMIクライアント、星山米店さんは、20年近く前の米不足の時に、ブレンド米を積極的に売り出した。それもただブレンド米で売り出したのではなく、混ぜる種類によって、全てのブレンド米に名前を付けたのだ。

例えば秋田産米、山形産米、そして新潟産米をブレンドした物は「秋山新ちゃん」と命名した。また最高級の魚沼産コシヒカリとササニシキを混ぜた物は「米マルシェ」と名付けた。その他「てんてこ米」「米ロマン」「こりゃあうまい」といった具合だ。

 そして、今でもこのブレンド米の方がよいといって注文してくる人や、レストランもあるということだ。正に米不足といったピンチをチャンスに変えたのだった。

 ネガティブケイパビリティーという考え方は、どんな逆境にもそれと同等の、あるいはそれ以上の恩恵の種が潜んでいることを信じることだ。星山さんのブレンド米は作って15年以上たつが、ブレンド名指定の注文もあり、いまだに売れ続けているのを見ると、そのことを実感する。(2013/11/20)



《25年10月》

三人の石工

 多くの会社の人材育成に関わり、多くの社員と接して感じることは、人は尊敬と尊厳をもって扱われると自主的に活動し、人の為になりたいと考え、目的と目標をイメージして仕事をするように成っていくということだ。正に「人は求められる所に行き、感謝される所にとどまる」(ポールj・マイヤー)だ。

 SMIの『人を勇気づけるプログラム』(AEPプログラム)に、次のような、石切場を訪れた旅人の話がある。

「旅人は石切場で働く三人の男達に『何をしているんですか』と尋ねました。『分からんかね。石を切っているのさ』と一人目の男はイライラした様子で言いました。二人目の男は『これで飯を食っているんだよ』と簡単に答えました。三人目の男は何をしているのかと聞かれると、ツルハシを下に置いて胸を張り、誇らしげにいいました。『大寺院を建てているんだよ』

 この第三の男は、明らかに人間を知っている賢いリーダーによって力づけられていたのです。この人は評価されたと感じ、チームのメンバーとしても、また個人としても価値を認められてきたのです。この扱い方が、仕事に対する自己誓約と責任とを生み出しました。この簡単な話は人々を力づけたいと願う全ての人に、強力な注意を呼び起こします。」(AEPプログラムより) 

 この短い逸話には、多くの示唆がある。社員・部下のモティベーションはリーダーが人に尊厳をもって接しているかどうかできまること。多くの組織でも働く態度には大きく分けると三つあること。三人目の石工がセルフ・モティベーションを持った人の働く姿勢を端的に現していること。また働く人のモティベーションは目的・目標が大きく関わること、等々だ。

 そしてこの逸話には、その三人の石工の20年後はどうなったか、という続きがある。「20年後、旅人がその地を訪れると一人目の職人は、相変わらず石を切っていた。二人目の職人は、もっと給料の良いところを求め危険な職場に行き命 を落とした。三人目の職人は、大勢の職人をまとめる棟梁となっていた。」

 この短い話は、人生の真理を物語っている。そして当然誰もが三人目の石工の生き方を望むであろう。しかし、その為にはSMIが提唱し続けるセルフ・モティベーションが鍵となってくる。

そうしたことを考える時、もっともっと多くリーダーにSMIを知ってもらわねばという思いにかられ、勇気が湧いてくる。(2013.10.20)



《25年9月》


奉仕の欲求

 SMIのDPMプログラム・レッスン15「成功への勇気」というレッスンに「人間には2つのタイプがある。自分を与える人と、自分を与えることを拒む人がいるだけだ。−マーチンブーバー」とある。
 心理学の世界で、マズローの欲求の五段階説は有名だが、以前読んだ本に、マズローは5段目の自己実現の後、人に奉仕したいという欲求を持つといったことを読んだことがある。
それからいくとマズローの欲求の六段階ということになるのか?

 半年ほど前にNHKで「ヒューマン」という番組で、人類が誕生しどう生き延び、成長してきたかをシリーズで放映していた。人類はアフリカで誕生した後絶滅の危機に陥った。その時に食糧を他の部族に分かち与え合うことを学習して後、人類は生き延びることができたという。そのように獲得した能力・考え方は今の現代人にも残っていて、いろいろな実験でそれが証明されているということである。
 
 SMI創立者ポール・マイヤーは我々SMIビジネスに携わる者に言う。

『奉仕の心を育てよ』
◆奉仕の心であなたは人々を、純粋に好きになるようになります。
◆奉仕の心であなたは、もっと奉仕したいという欲望を持つようになります。
◆奉仕の心であなたは、自分のしていることに確信を持つようになります。
◆奉仕の心であなたは自分のしていることが好きになります。
◆奉仕の心であなたはクライアントを、それぞれ“特別な人”として扱うようにな ります。
◆奉仕の心で、あなたは自分が報酬を受けている以上のことをするようになります。
◆奉仕の心であなたは個性と誠実さと、正直さを身につけるようになります。
◆奉仕の心であなたと取引をする人は、その取引が喜びとなります。
(ポール・マイヤーのメッセージより)

と、もっともっと他の人に尽くせと言うのだ。そうした考え方にこそ成功の秘訣が有ると言う。

 SMIプログラムは全てのプログラムが、与える人間になれるよう導いてくれる。与える人間が会社で、地域で、社会で増えていったなら、この世界は必ずや素晴らしい世界になっていく。私はそういう世界を実現できると確信している。なぜなら、人は本能として与える能力を持っているのだから、それを一人ひとりが気付き、開花させていけばよいのだ。
 その為にも、SMIを紹介している人間として「与える人間」となり、そうした考えを伝え続けていきたいものだ。(2013/9/20)


《25年8月

マイブーム「小林秀雄」

 私のマイブームは「小林秀雄」だ。新潮社が2003年にCD化した小林秀雄講演シリーズを毎日聞いている。本もほぼ毎日手にする。先日CDを聞いていて、文芸評論の世界も、SMIが指摘している事と同じなのだなと気づかされた。

 小林秀雄は言う。「私も昔、書いた人(著者)の悪口を書いた時期もあった。しかし、それはダメだと気付き、その後は私は(著者)の良い点しか書かなくなった。そうしないと想像力が全く湧いてこないんです」と。文芸評論家なのだから、どこが悪い、ここが悪いと欠点を指摘していく事なのだと私は思っていたが全く違っていた。

 SMIの成功の五原則の第四原則は『大いなる自信を持とう』で、説明には「挫折感をはねとばしながら、あらゆる行動を起こして下さい。欠点に関わる事なしに長所に没頭し、弱点に関わる事なしに、能力に集中する事です」とある。

 江戸時代の有名な儒学者で、将軍の指南役を務めた荻生徂徠は「人は長所をのみとらば可なり、長所に欠点はつきものなり、欠点を知るは要せず。」

また私の最も尊敬する経営者故土光敏夫は言う。チョット長くなるが
「多くの会社に欠点をあげつらう原点主義が横行している。そんなマイナス評価では、人の心を腐食するばかりで、その組織は必ず駄目になるものだ。どんな人にも必ず長所があるものだ。その長所を活用すべきなのだ。長所をどんどん伸ばしていくと、欠点だんだんと影をひそめていくものだ。」

と言っていた。土光ならぬ“怒号”さんと言われた人の言葉とは思えない言葉だが、このように土光さんの言葉は人間を尊重し、人を評価する名言が多い。

 このように人生の達人達が、人を褒める事の重要性を上げている事を考えていくと、長所を見ていく、褒める事の大切さは、私達が考えている以上のもののようだ。

 私もこれからも良き人生のため、生きる愉しさを広げていく想像力の喚起のためにも、人を褒める能力を高めていきたいものだと、小林秀雄の言葉に考えさせられた。

 そうしたことから、私のマイブームは「小林秀雄」プラス「褒める」こととなった。(2013/8/20)


《25年7月》


「どんなふうに育てたんですか?」

 先日、あるクライアントから,SMIプログラムのファミリーコースがとても役だったというお話しを頂いた。

今年、その方のご長男がある名門高校の剣道部に入部された。そしてその部には今年も全国から、中学で部長やキャプテンをやった生徒が入ってきた。そうした中にあって、その方の息子さんが、たちまちリーダー的存在になった。部員もその子の言うことは素直に聞き、喜んで動きチームがまとまっていくようになった。そうしたことに驚き、先生が「お宅の子供さんは生まれつきリーダーシップがあったんだとは思うのですが、どのような育て方をしたんですか」と尋ねてきたとのことだった。

 私は、10数年来のお付き合いだったその経営者から子育ての話をよく聞き、「それは素晴らしい子育てですね。必ずお子さんはリーダー的な存在となり、組織をまとめ動かす存在になっていきますよ」と言っていた。

 私が何故そうした確信を持っていたかというと、《その方は、一人の人格としてその子を認め、尊厳と尊敬を与える子育てをしていたから》と言える。

 SMIプログラムのファミリーコースの基本としてある考え方は《一人ひとりが特別な人であり、素晴らしい存在だ。一人ひとりが社会に役立つ素晴らしい潜在能力を持っている(※私は特別な人より)》という考えだ。

 その経営者は、そのお子さんが中学生になるまでは、ほぼ毎日一緒にお風呂に入っていた。そして「今日はどうだった」と尋ね「そうか」と聞くことに徹していた。また、自分の会社で起きた問題でさえも「こういう問題が会社で起きたんだが、お前どう思う」と聞いていたとのことだった。親から会社の問題でさえも「お前、どう思う」と聞かれてイヤに思う子は少ないだろう。それよりも、親父は俺を認め、俺のことを頼りにしてるんだという思いになり、自尊心を高める子共の方が多いはずだ。

 そうしたことも、その方は多くのことを、SMIプログラムや夜のSMI勉強会より学んだと仰って下さる。また子供さんもMOCという《あらゆる分野でチャンピオンになる》というプログラムを携帯電話に取り込んで、しょっちゅう聞いていたとのことだった。

 こうした子供さんが育って『健全なセルフ・イメージ』を土台としたパーソナル・モティベーションを育んだ人達が、社会に巣立っていけば必ずや良き社会ができあがっていくものと確信している。(2013/7/20)


《25年6月》

女の『勘』

 先日、人間の「直感」の大切さを考えさせられる話を聞いた。特にこの直感力は人を観る時に差が出るようだ。

 ある会社で、今年採用した新人社員が連休後に辞めてしまった。その新人は昨年、社長・専務が面接し、採用を決めたということだった。社長・専務にとっては採用後に新人教育等で育てていけば何とかなるだろうという考えだったようだ。ところがその考えは甘かった。教育どころか、教育の日程やカリキュラムを伝えた段階で辞めてしまったのだ。その話を伝えてくれた二人の女性社員は、その辞めた社員が昨秋会社へ面接にきた時、遠くよりその表情を見ていて、二人で「あの人は絶対にすぐ辞める」と話し合っていたということだった。結局、経営者の思いより、女子社員の見た目の「勘」の方が当たっていた。

 私がSMIに縁を頂いた、話し方教室の新島先生が「結婚相手を選ぶ確実な方法は、初めてあった時にビビッと感じ【この人だ!】と思った人ならば、あまりハズレはありませんよ」と言っておられた。そう言えば、私も妻と初めて書店で会ったときに・・・?

 EPLというリーダーシップ用プログラムに、決断(意志決定)は、【情報を集め論理的に組み合わせて分析してから下した決断より、大体の必要な情報を集めて後はインスピレーションによって決めた決断の方が良い結果を生み出すことが多い】とある。またDPMのレッスン2「豊かさの世界」には【成功者は・・・・いつもインスピレーションに駆られて行動しているのです】ともある。

 経営の神様と言われた松下幸之助は、自分の決断を振り返って「私の多くの決断は51対49で決めていることがほとんどだった」と言ったという。51の「1」は正に松下幸之助のインスピレーションだ。因みに、松下幸之助は74歳の時にSMIプログラムを採用した。それも、たったの5分のプレで決断したという。

 私の妻は政治には疎いのだが、テレビ等で政治家の顔を観ていて、時々「この人の言っていること信じられないな」とか「この人、以前は良い顔をしていたのにイヤな顔になったな」等と言う。そしてその後の政治家の評価や去就が、私が言うことより妻の言っている方が当たることが多く、驚かされる。これも人を観るときの「女の勘」であろうか。

 私は今、こうしたことから、人間の勘、第六感は人間が進化の中で種の保存の為に獲得した最高の潜在能力なのではないだろうか、と考えるようになった。これは一般の能力と同じように、信じて使い、磨き続けた人のところでより良く働くようになる。私も女性の特に「妻の勘?」に近づけるようになり、より良き人生を送る上で、大きな力となるこの武器を活用していきたいと思っている。
(2013/6/20)


《25年5月》

『希望のシンフォニー』

 今、東北の被災地で「希望のシンフォニー」と言われ、多くの人を勇気づけている交響曲がある。佐村河内守氏という耳の不自由な広島出身の作曲家が20年かけて作り上げた大作だ。正式名は『佐村河内守交響曲第一番「HIROSIMA」』という。

 私は昨年NHKの番組でこの交響曲を知った。そして今年再度NHKスペシャルで紹介され、大きな反響を呼んだ。そして耳が不自由と言うことで佐村河内氏は「現代のベートーベン」と言われている。

 私もこの曲を聴き思ったことは、DYFプログラムで使われている「ネガティブ・ケイパビリティー=負の能力」ということだ。人間は逆境の暗闇が深ければ深いほど、それを克服し立ち上がった時には、人間の想像を越えた力を発揮し、人類全体に影響を与えるような果実を実らせる。これこそが「負の能力」だ。

 DPMプログラムレッスン15「成功への勇気」という中に、ベートーベンの話が出てくる「ベートーベンが有名な第九交響曲を書いたのは、耳が全く聞こえなくなってからでした。彼はこう言っています。『私は耳の自由を失った代わりに、精神的な報酬を受けた。私は運命ののど笛をしっかりとおさえている。天国へ行けば耳が聞こえるようになるだろう』。ベートーベン自ら、この力強い第九交響曲の初演を指揮しました。演奏が終わってもベートーベンは、わき起こる万雷の拍手にも全く気づかずに、物思いに沈んでいるがごとく、客席に背を向けたまま立ちつくしていました。やっと誰かが袖を引っ張って聴衆の方に向かせてくれたので、ベートーベンは満場の喝采を博していることを知ったのです。」

 私は音楽のことは良く分からないが、この「希望のシンフォニー」の第三楽章が大好きだ。その最後の部分で、テーマが人間が暗闇から立ち上がり、生き抜く決意をするという場面(※私が勝手にそう思っているのだが・・・)では、佐村河内守氏の人間への絶対の信頼、未来に対する希望、そしてどんな状況に陥っても生き抜くぞ、という強い決意を感じることができる。

 私は今、この曲を東京交響楽団の生の演奏で聴いてみたいと思っている。そして、この曲を作るきっかけとなった少女、被爆した広島の人達、この曲を「希望のシンフォニー」として励みにする東北の被災者、そして佐村河内守氏、そうしたこの曲にまつわる多くの魂の海に浸ってみたいと感じている。(2013/5/12)


《25年4月》

「オレは絶対クビにならない」

 私は言葉には3つの役割があると考えている。一つは伝達手段としての言葉、二つめが思考するための言葉、そして三つめは人間の心(心構え)を作るための言葉だ。そしてその三番目の役割が多くの人の人生を決定づける。聖書にも「はじめに言葉あり、言葉は神とともにあり、この言葉は神とともにあり、万のものこれによりて成り、成りたるものこれによらで成りたるはなし」で、言葉が全てを創ったという。

 多くの人が言葉が自分をつくるということに気付いていないようだ。またそうしたことを感じていたとしても、無視して使っているかのようにも見える。しかしSMIビジネスに携わり、多くの事例から、言葉が人を創ることを日々実感させられている。

 過日、車関係の事業所で、SMI社内塾のディレクターとして頑張っておられるA氏が「小杉さん、言葉の力って恐ろしいものですね」と言う。「実はある社員が解雇されたんです。うちの会社では本当に珍しいんですが、その人間がいつも口にしていた言葉が『オレはクビにならない』だったんです」「小杉さんが以前言葉の力ということで『私は病気にならない』また『病気にならないように気を付けましょう』等と言っていると、その言葉が病気を引き寄せ病気になりますよ、と言っておられましたよね。全くその通りだと思いました」と言っておられた。正にその通りだ。言葉は第一人称、第二人称も関係なく、脳は全て自分のこととして受け入れ実現しようとしてしまう。だから、悪口も「人を呪わば穴二つ」ではないが、相手だけでなく、これを口にしている自分自身に一番影響を与えてしまうのだ。

 言葉の力を使う上で、気をつけなければいけないことが、同じ積極的な言葉であっても、肯定的な言葉と、否定的な言葉の2種類があるということだ。「君なら大丈夫」「あなたならいつかできるようになるよ」といった積極的で肯定的な言葉をイチローや松井は聞きながら育った。一方多くの人が間違って使ってしまうのが、積極的だが否定的言葉だ。「困った時の用心の為に、お金を貯めて準備しておきなさい」とか、「あまり無理をすると体をこわすから適当に休みなさい」という言葉だ。これらは相手のために良かれと思って使われるが、積極的だが否定的なために、「困ったこと」を引き寄せ、「体をこわす」を実現してしまうものだ。

 先日、建築会社の社内塾を担当しているKディレクターが「小杉さん、この塾を通して言葉の力を学んだお陰で、Kさんが『めんどくさい』という言葉を使わなくなって、最近いつも笑顔で積極的になりました。何気なく使っていた『めんどくさい』が影響していたんですね」と言っておられた。私もその会社との付き合いが長く、気になっていたことだけに、嬉しかった。その話を聞き、SMIの全てのレッスンでアファーメーションの重要性が語られることの重さを、あらためて考えさせられた。
 言葉が人を作り、言葉が人生を作る。
(2013/4/12)



《25年3月》

 メールでは伝わらないもの!?

 先月のビジネス塾で、建築会社を経営するT社長が、コミュニケーション力の話し合いの中で「私は殆どメールはやらないんです」と、おっしゃられた。私は、T社長の人柄からすると深い考えで、信念を持って、そうしておられるのだろうと思った。

 今回の学びでは、「人格こそが説得のための最も効果的な要素である」というアリストテレスの言葉に考えさせられた。では、人格とはどういうところに表れるのだろうか、プログラムは言う。@声、A礼儀、B姿勢、C表情、D話の内容、Eどのように言うか、F行動の仕方、G癖、Hどういう仲間がいるか、I自分自身に対する姿勢、J人に対する姿勢、K首尾一貫性などだと。これらは殆ど直接接してみなければ伝わらないものばかりだ。

 メラビアンの法則というものがある。賛否両論ある法則だ。だが私は間違いない真実と捉えている。これは、カルフォニア大学のメラビアン教授が、コミュニケーションを取る上で、3つの分野に分け調べたところ「言葉」7% 「話し方」38% 「態度」55%となった。つまり話す内容は7%だったということだ。

 石川島播磨重工や、東芝の再建を成し遂げ、ミスター行革と名を馳せた第五代経団連会長の土光さんは言う、「私はコミュニケーションの要諦は、いかなる時でも、どんな場所でも、こまめに連絡することだ考えている。だから『廊下コミ』(※廊下でコミュニケーション)を勧めるのだ。それを『顔対顔』(フェイスツーフェイス)でやるのだ。文書や電話では相手の真意をつかんだニュアンスを捉えることはできない。重要なことなら千里を通しとせず、飛んでこいというのも、
目がどれほど光っているかを確かめたいからなのだ」と。

 メールのようなデジタルなコミュニケーションと対極にあるものとして、日本の文化があるように感じる。例えば俳句などはわずか三つの言葉で、宇宙を表現しようとする人さえいる。また、昔の日本映画等もその一つと思う。小津安二郎の映画等は本当にセリフが少ない。それは演ずる俳優の圧倒的な演技力と、観る側の直感力によって、セリフが無くても伝わってくるのだ。言葉がないのに感動し涙してしまう。その点から言うと、今放送されているNHKの朝ドラは、喋りすぎで。言葉が多すぎる。結局何も伝わってこないし、おもしろくもない。日本人の「察する文化」からしても対極にあるドラマだ。しかし今はこうしたものが席巻する社会になってしまった、憂うべき事態だ。

 そうしたことを考えると、私もT社長のようにメールの限界を感じ、あまり積極的に使おうという気持ちにならない。メールの利便性は認め活用させてもらうが、人格にかかわる事柄においては今後も一切メールを使用することは無いだろう。そうしていくことが、地に足がついていない人がうごめくこの社会にあって、自分を守り、自分を維持していくための重要な鍵になっていると感じている。(2013/3/7)



25年2月》

3つの自由で『体罰』をなくす    

 今スポーツにおいて、体罰が大きな問題になっている。私も体罰が公然と行われる時代に育ち、ある程度は許されるものではないかと考えていたが、こうした考えは間違いであることにあらためて気づかされた。

 SMIを学び、伝えるものとして大きな勘違いをしていた。SMIでは人間には3つのモティベーションがあることを説く。

 1つ目は恐怖によるモティベーションで人を恐怖に陥らせ、これから逃れようとすることによって起きるモティベーションだ。  2つ目が報酬によるモティベーション。金銭やものを得ることによって起きるモティベーションで、これが一般的によく用いられている。これら2つのモティベーションは昔からアメとムチと言われ、よく使われている。今回の問題の体罰はムチによるモティベーションだ。これらは本人にとって内から出てくるものではなく、外部から与えられるために一時的効果しかなく、ほとんど効果はないと言われている。

 3つ目のモティベーションは、心構えの変化によるモティベーションだ。SMIではこれを『パーソナル・モティベーション」という。このモティベーションは自ら考え、行動し、結果を出し、自ら責任を取るというモティベーションだ。これは外からではなくその人の内部から湧き上がるモティベーションで、永続的だ。【SMI創立者ポール・J・マイヤーは人生成功の鍵はこのモティベーションであることを発見し、プログラムを作った】このモティベーションを使う指導者は、人間をよく理解している。だから選手・部下との信頼関係を作り、このモティベーションを活用し、人を動かす。(※厳密には自分で動いている)

 またSMIの生産性を上げる為のプログラム(EPPプログラム)には、人を育てる上で《学びの3つの自由》があることが不可欠と説く。それは1つ目が「間違う自由」だ。間違いや失敗を許さない組織では、間違ってはいけないという恐怖で人は縮込んでしまい決して人は育たない。2つ目が学びのための「意見を言う自由」。学ぶということは自分が今まで信じ、やってきたことや自分の習慣や癖を変えていくということでもある。必ずそこには疑問が湧いてくる。それを自由に発言できる環境があるかどうかということだ。そして3つ目が学びのための時間を自由に作ることができるかどうかという「学びに為の時間を作る自由」だ。

 人が育たない組織にはこの3つの自由がない。今回問題になっている組織は明らかにこの3つの自由がないことがすぐにわかる。指導者の思い通りにならない失敗や間違いでは、選手は人間性まで否定されていた。また、指導者に意見しようものなら代表から簡単にはずされるような状況だった。そうしたこと故に、当然自分で考えた“こういう練習”等ということは考えられなかったことだろう。

 逆 にSMIのクライアントなら、この3つの自由を基本に人を育てた指導者を思い出すことに、それ程に労は要さないだろう。それはマラソンの小出監督であり、元松虫中学校の原田先生、そしてプロ野球のコーチから、高校野球の指導者をめざしながら、癌のため皆に惜しまれ他界された高畠導宏先生だ。皆共通していることが、人間をよく知っていた人達であり、暖かい人柄を感じさせる人ばかりだ。昨年のロンドンオリンピックで、銀メダルを獲得したなでしこジャパンの佐々木監督もそうした一人だ。そしてそうしたことに加え、共通して言えることが、褒め上手ということだ。特に高畠先生は『長所を褒めて育てていけば、欠点なんか消えていく』といって褒めまくって指導した人だという。そしてプロ野球においては、30人(田口壮やイチロー等々)もの名選手を育て上げた。 そして、もちろん、体罰とは全く無縁の人だった。(2013/2/7)



《25年1月》

10年目の『大人の遠足』


 あけましておめでとうございます。SMIクライアントの皆様にとって新年が幸多き年となること祈っております。(※SMIでは『成功(幸せ)も失敗も心の状態なのです。』なのですが・・・)

 さて、昨年も12月23日の米沢興譲教会のクリスマス特別礼拝に出席させて頂き、学ばせていただいた。いつもこの二日間の学びの旅で、一年間の心のアカを落とし、命の洗濯をさせてもらう。今回が10年目で、10回目の学びの場となった。

 今回も新潟SMIクラブ会長の早川和則氏をはじめ、SMIクラブメンバー6名(※未だに信者は一人もいないのだが・・・)での参加だった。私にはこの『学びの旅』には三つの楽しみがある。

 1つ目の楽しみは、クリスマス礼拝の前日に、毎回米沢まで米坂線で行く。米坂線は村上の坂町駅と米沢駅を結ぶローカル線で、米沢まで3時間ほどかかる。夕方4時50分、薄暗い駅をのんびりと列車がレールの上を静かに滑り出す。少し走ると、それぞれが持ち込んだ酒とつまみで小宴会が始まる。新潟市のT社長が毎年持ち込む「たくあん漬け」は、臭いはいずれにしろ絶品だ。そのたくあんであっという間にコップの酒が空になってしまう。人影もまばらな車内は、ほぼ貸し切り状態である。2〜3人の乗客には若干迷惑の感もあるのだが、旅の恥はかき捨てで楽しませてもらう。列車は各駅停車で新潟と山形の県境の峠をのんびり走る。そして外はしんしんと降る雪。たわいもない楽しい会話で3時間近くの列車の旅も、あっという間に目的地の米沢へ到着する。T社長は言ったものだ「こうした時代にこんな楽しい『大人の遠足』はないですね。」と。

 2つ目の楽しみは、10年間通い続けた、米沢駅前の居酒屋「ゆあーず」での本格的宴会だ。ほぼ毎年同じメニューを頂く。米沢でのB級グルメグランプリで優勝した“葱マヨからあげ”と、柔らかいが歯ごたえのある“米沢牛の串焼き”だ。そして新潟の地酒にも決して劣らない、すっきりしているが味わい深い米沢の地酒を『冷』やと『燗』でいただく。この時もたわいもない会話で盛り上がり、明日のクリスマス礼拝に備える(?)。もう、年1回とはいえ、10年も通うと店のマスターも心得たもので、予約の電話を入れると満席のようだったが、今回も席を空けてくれていた。そしていつも一品心付けをしてくれる。そんな交流も今は楽しみの一つになった。

 そして3つ目の楽しみは、新潟SMIクラブで二度程ご講演いただいき、SMIユーザーでもある田中信生先生より、直接学ばせていただけることだ。礼拝の前にいつも遠くから来てくれてありがとう(※未だに信者は一人もいないのに快く受け入れて下さる)ということで、部屋を用意し、時には牧師室で、面会して下さる。礼拝前のあわただしい時間にもかかわらず、コーヒーを振る舞いながら、我々の質問を一人ひとり丁寧に受けて下さる。その謙虚さと心配りに皆が毎回驚き、感動している。

 田中先生からの学びのポイントは2点ある。
@自己受容が鍵;自己を受容し、自己と接するもの、出会い関係する人、また必ず起きる人生の失敗や問題を全てあるがまま受け入れ、それを出発点として積極的・肯定的に生きること。A二元の生き方から一元の生き方へ;この世界を二元論(勝ちと負け、正義と悪、上位と下位、正しいと間違いetc)で見ることなく一元で捉え、人を評価したり、査定したりせず、存在そのものをあるがままを受け入れること。そして全てを一体のつながった一元のものとして捉え、観ていくこと。その2点だ。

 その実践として、Doing(成果)ではなくBeing(存在)で人と接すること。受け取るより与える人生へ。そして人の善意を信じ、世界の未来を信じて生きていくこと等を今回も教わった。先生は会うたびに、新しい例話や体験談で我々に分かりやすく伝えて下さる。お陰で、その理解は年々深まっていく。私はSMIプログラムは人間の体に例えると骨格の部分(原理・原則)にあたると考えている。その骨格には肉付け(実践)が必要だ、肉付けは自分でやるしかない。こうした田中先生の学びが、そうした肉付けの絶好の機会になっている。

 クリスマス特別礼拝は、年によっては2,000人以上の参列者がいらっしゃるとの事。今回も会場は人・人・人で溢れていた。今年は米沢フィル・ハーモニー管弦楽団の賛美歌演奏もあった。今回も多くの学びを頂き、心洗われるひとときを過ごさせて頂いた。

 いつも田中先生の学びの時、ポール・J・マイヤーの言葉を思い出す。「人生六分野の精神・倫理面は宗教的な観点で捉えないと、理解しがたく、なかなか生き甲斐には繋げられないものです。」という言葉だ。その言葉のお陰で私は座禅を通し仏教を学び、田中先生を通してキリスト教を知る事ができた。

 やはり人間は、人間の力をはるかに超えたサムシンググレート(神、仏、大自然、etc)との関係を捉え、感じてみないと、真の自己発見や潜在能力を発揮することは難しいようだ。私はそのお陰で、サムシンググレートとの関係を意識するようになり、SMIの理解も深まったと確信している。

 そして、今回も皆で、一年後の12月22日のクリスマス礼拝に出席すること約束し、田中先生との再会を楽しみに、新年を良き年とすることを誓い合った。(2013/1/1)




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