平成31年SMI雑感
 

5月 現代の『むごい教育』
4月 「グッドモーニング」!
3月 あなたは人生の”胸像”にどんな言葉を刻みますか
2月 ゾウのストレス解消法
1月 新潟に帰ったら実家より、お店によるのが楽しみなんです


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《令和元年5月》

  現代の『むごい教育』

 SMIは端的に言うと、パーソナル・モティベーションによって、潜在能力を発揮し、トータルパースンを目指して、人生を送ることと言える。そしてこのパーソナル・モティベーションは、「自分で考え計画し、行動し結果を出し、その結果に対し責任を負うこと」となる。そしてこの中で「自分で考える」が鍵であり、自分で考えない人間がパーソナル・モティベーションを起こすことは絶対にできない。

☆戦国時代の「むごい教育」
 今川義元は、人質として預かった竹千代(のちの徳川家康)に対し、「むごい教育をせよ」と家臣に命じたといわれている。一般的に『むごい教育』と聞くと徹底した体罰、厳しく激しい言葉を使うと考えてしまうが、全く逆のやり方だった。 義元は家康の望むことを全て否定せずに与えるように命じた。これは、家康の才能を見抜いていた今川義元が、徳川家康をわざと甘やかし、自分で物事の判断できない人間にしようとしたのだ。

☆現代の「むごい教育」
 現代社会も、何の疑いもなく善意で、この『むごい教育』が行われている。今の義務教育も多くは、単に答えを探す教育に陥っていて、考える人間を育てる教育ではないと多くの人が指摘している。

 また、多くの会社でも「むごい教育」が行われている。
 先日も、ある会社でベテラン社員が降格になった。その人の過去の経歴を聞き、経営者の姿勢と考え方を知ると、正に「むごい教育」をしてきたんだなと感じた。その社員は高校卒業後、その会社に入った。そしてその後20数年、その社員は自ら考えることをせず、経営者の指示通りに仕事をした。そしてそれが評価された。問題が起きても、皆、経営者が解決してしまった。時にはアイディアを出すこともあったようだが、結局は効率・生産性の観点から「それは駄目だ」の一言で終わってしまったという。

 結局、その社員は20年数年、自ら考えることが全くない環境を過ごした。そして昨年、20年以上努め、一番の年長者なのだからと責任ある地位についた。周囲も大きな期待を持ち、本人もその気になったようだった。しかし、きっちり指示された仕事はこなせるが、新しい現場、新しい生産性の目標となると、全く自分で考えることができず、仕事は進まなかった。結局は、その仕事を他の人に委ねるか、無理してやり、結果、周囲との軋轢を起こすという状態に陥ってしまった。

 そして先月より、その責任ある立場をはずされたとのことだった。こうしたことは多くの中小企業で起きている。そしてそうした会社の経営者は、俗に「やり手」と言われる人が多い。「やり手」であるがために、人に任せることをせず、考えることのほとんどを経営者がやってしまう。それは正に、“現代のむごい教育”だ。

☆“教えない教育”の重要性
 SMIではアドバイスしない教育、教えない教育を説く。教育とは自ら考える人間を育てることだ。SMIのコミュニケーションプログラム(ECP)では、「耳を傾けたり、質問することを怠り、・・・それとは逆に助言を与えてしまうと、その人が自分で問題を解決する機会を奪い、自信を傷つけ、問題解決能力を減じてしまいます。助言を求められても、与えることは避けて下さい」と説く。

 あのピーター・ドラッカーも「上司がいちいち口出しする組織は発展しない。上司の仕事は部下の仕事に首をつっこむことではないし、アドバイスすることでもない。何が問題かを、部下が自ら気づけるように導くことだ」と言う。

 SMIプログラムを人に教えることは不可能だ。全て自分で考えることを要求してくる。そうした意味で、SMIは組織が現代の『むごい教育』に陥ることを防ぐ、格好のプログラムであると確信している。(SMI小杉)2019/5/25
《平成31年4月》

   「グッドモーニング」! 

 SMIビジネスを続けながら、いつも言葉の力に驚かされる。5月1日より、元号が「令和」となる。よく考えてみれば分かることだが、元号に関わる仕事か、そうした関係者でなければ元号が変わることで、物理的に直接影響を受ける人はほとんどいない。しかし、多くの人が「令和」となって新しい大きな変化が起きると思っている。そこにも言葉としての不思議な力を感じる。

 古人は言葉を言霊(ことだま)と考え、言葉には霊(たましい)が宿ると考えた。聖書も「はじめに言霊(ことば)あり、言霊(ことば)は神とともにあり、言霊(ことば)は神なりき・・・」とあり、「言霊(ことば)=神」ととらえている。

 最近読んだ2冊の本であらためてそうした言葉の力を考えさせられた。

★「お前には苦労をかけたな」  
 【100歳近くになる私の叔母がね、夫のすごい女道楽で苦労したんですよ。まぁ明治の男によくあるタイプだったんですが。その叔父が60になるかならないで病院で死ぬときに、「お前には苦労かけたな」って言ったんですって。子ども背負って芝浦(東京)から飛び込もうと思うような苦労があったのにね、その一言で叔母がね、すっかり許せたって言うんですね。だからそれから40年以上、生きているんですけど。・・・・・

 そう。言葉ひとつで、人が、長い歴史の夫婦が癒されるんじゃないかなって思います。優しい言葉ってんじゃなくて、夫がやさしくなれるような言葉。妻の心が溶けるような言葉。やさしく声を掛ける、ということじゃないんですよね。
 なんか言葉って面白いな、って思いましたねぇ。だからって言葉を巧みに使おうってんじゃないけど】  ※樹木希林著「一切なりゆき」より

★「グッド・モーニング」
 【深刻な病を経験し、手術後、社会との交わりを制限するようになった、ある女性から聞いた話である。彼女が塞ぎがちになったのは、体力に自信がないということもあったが、本当の理由が別なところにあることは、彼女自身にも分かっていた。存在の重みを見失っていたのである。

 仕事で海外へ行ったある朝、彼女が街並みを見ながら散歩をしていたときだった。ビルの二階あたりの窓を外側から拭いている男性が、彼女に向かって「グッド・モーニング」と笑顔で挨拶をした。驚きながら、彼女も挨拶を返す。
 あのときほど、心に沁みる言葉に出会ったことはないと、彼女はその経験の不思議さを噛みしめるように話してくれた。その語り方は最晩年に至っても変わらなかった。男性はただ、眼下を通り過ぎる外国人に挨拶をしただけである。彼はその時のことなど、覚えてさえいないだろう。だが、その「言葉」は、「絶望の底にある人を救」ったのである。

 この話をしてくれたとき彼女は、あのとき自分は確かに、常ならぬ何者かに出会った、とさえ言いたげだった。彼女は生涯、窓拭きをする男の笑顔とその声を忘れることはなかっただろうが、私もまた、この話をしてくれたときの彼女の姿を忘れることができない。】 ※若松英輔著「池田晶子−不滅の哲学」より 

 SMIプログラムも全て言葉だ。以前SMI関係者で、「SMIプログラムを映像化すると何百万、何千万円となるから、この形なんです」と言った人がいた。プログラムには形而上の言葉もあり、映像化など不可能だ。それに言葉と映像は全く違う。費用の問題ではなく、SMIプログラムは“言葉”でなければならない。この“SMIの言葉”によって、勇気や希望をもって多くの人が立ち上がっていった。映像ではそれはできない。映像は刺激や興奮を誘うだけだ。そこには言葉の持つ霊(たましい)がない。

 まもなく“令和”の時代がはじまる。この“令和”という言葉にどんな霊(たましい)を入れていくかは、一人ひとりの心構えにかかっている。「言葉」をビジネスとして生きる人間として、この機会を良き機会とし、その使命と原点に戻って“令和という時代”が素晴らしい時代となるよう、その一翼を担いたいものである。 SMI小杉(2019/4/25)
《平成31年3月》

 あなたは人生の“胸像”にどんな言葉を刻みますか

 去る3月7日、(株)三日月化粧品の三日月社長より、SMI体験談を語って頂き、あらためて多くのことを学ばせて頂いた。三日月社長は12年前になくなった文筆家で、多くの人に大きな影響を与えた池田晶子(※SMI雑感平成24年10月参照)「死をきちんと考えることで、生きることが輝いてくる」という考え方を知り、人生観が大きく変わったと述べておられた。

 先日、新大関となった貴景勝が昇進の口上で「武士道精神にのっとって・・・」と述べたことで、あらためて『武士道』が注目されている。武士道精神の形成に大きな影響を与えたと言われる佐賀藩士・山本常朝の『葉隠れ』は「武士道というは死ぬことと見つけたり」という一文で知られている。今年のSMIビジネス塾でもその『武士道』を学んでいるが、確かに『武士道』を学べば学ぶほどに『死』をどう捉え、その死の為にどう生きるかが大切になる、と知る。

《「死」を考えることで「生」が充実する》

 哲学者であり宗教学者の山折哲雄氏は「人生にどう始末をつけるか。覚悟を定めると生き方も変わる。『死』を考えることは『生』を充実させることと不可分なのだ」「死がいつ、どのように訪れるかは分からないが、それでも考えておくことが大事だ。考えれば考えるほど、実は死への恐怖や不安が無くなっていくのです」と言う。

 昨年9月になくなった名優、樹木希林さんは著書『一切なりゆき』のなかで「・・・人は死ぬと実感できれば、しっかり生きられると思う。終了する(死ぬ)までに美しくなりたい、という理想はあるのよ。ある種の執着を一切捨てた中で、地上にすぽーんといて、肩の力が抜けて存在そのものが、人が見た時にはっと息を飲むような人間になりたい。形に出てくるものでなくて、心の器量ね。」死生観をきちんともっている人の言葉は凛としている。

 台湾元総統の李登輝は、『武士道』を日本の名著と評価し、日本人と中国人の違いは『死』に対する考え方の違いにあると喝破している。「日本人には、どこか武士道的な考え方がある。人間には死がある。だからこれからの子孫の為にもきちんとした生き方をしなければならないと考える。一方中国の人は、どうせ人間は死んでしまう。だから死んでからのことなど考えてもしようがない。今現在を楽しまなければ生きる意味が無い」と。確かに中国に進出した日本企業の経営者の話など聞くと、そうした言葉に納得してしまう。

《あなたは人生の胸像にどんな言葉を刻むか》
 私は、このSMIビジネスを始めて間もなく、東京でのベーシックトレーニングに参加した。その時の名物トレーナーSさんの言葉が、30年経った今も心に残っている。「生きていく上で人間は多くのスキルが必要になる。そうしたスキルの中でも死に対するスキルは重要だ。今の日本人はこの死に対するスキルを学ぼうとしない。これは由々しきことだ。」私はこの言葉を「死生観を持ってSMIビジネスにのぞめ」と言われたと、受けとめている。

 SMIカンパニープログラムの行動計画に、「私はどういう人間か」という課題がある。その中に「胸像は、その人の名誉を記念して建てるものですが、あなたが人生を振り返って成し遂げたことを、その胸像の台にどういうことを彫り込みたいと思いますか?」という問いかけがある。その質問も最後は自分の死生観を捉えていくこととなる。長年に渡り、弊社にご協力頂いているSMIクライアントのH氏は、SMIの学びの中で人生を100歳と決め、その胸像に彫る言葉も決めた。そして公私にわたり努力を積み重ねてきた。そのH氏は人がうらやむような成功を収められた。それは間違いなく、SMIの行動計画で「人生100年」の目標設定をされた成果と確信している。
(SMI 小杉) 2019/3/25)

《平成31年2月》

   
ゾウのストレス解消法

 先日新聞に、現代の世相は物事のプロセス(過程)を省略していくことが良い事という人間を作り出している、という指摘が載っていた。私も最近とみにそうしたことを感じていたので、我が意を得たりと思った。現代社会は正に精神的にも物理的にもあらゆることにおいて、プロセス、過程を無くすことを“善”としているようにさえ見えてくる。

【ミカンの皮むきはめんどうくさい】
 だいぶ前になるが、若い人に魚の絵を描くように言うと、魚の“切り身”を描く人が多々居たと話題になった。また先日テレビを見ていたら、今はミカンの皮をむくのが面倒なのでミカンが売れなくなり、皮をむいた状態で売る工夫をしているとの事だ。

 そうした話に私は愕然としてしまう。私にとってミカンは皮があって、その皮をむいて食べる、そのプロセスも含めて「ミカンを食べる」ことと思っているのだから。このような話を聞くと、便利さを通り越して途中なんかどうでも良い、めんどうなプロセス(途中)なんか無くしてしまえ、という話に聞こえてくる。

【ゾウのストレス解消法】
 昨年の9月にこのコーナーでゾウのストレスの話しを書いた。この話もプロセス(過程)の重要性を考えさせられる話だ。

 以前、ある動物園でゾウのストレスに悩んでいた。そこで飼育係が集まり、食事の出し方を変えることにした。それまではゾウの目の前に食料をポンと出していたが、それを、ゾウが少し探さないと見つからない所に食料を隠しておくことにした。当初、ゾウは当然戸惑い食事にありつけなかった。しかし、しばらくすると食料を探すことに慣れ、ストレスも全く無くなっていったという。食料にありつくまでのプロセス(過程)が無い状態より、食料にありつくまでの中間、プロセスでの苦労(適度なストレス)が返ってストレス解消に役立ったというのだ。

【SMIの成功の定義】
 SMIでは「成功とは価値ある目標を前もって設定し、段階を追って実現することである」と定義している。この定義のポイントは2点だ。1点は「その人にとっての価値ある目標」であること。もう1点は「(成功とは)段階を追って実現していくこと」であり、成功はプロセス(過程)にこそある、ということだ。

 ドラえもんの“どこでもドア”で手に入れたものや経験したことは当然の事だが、決して成功とは言わないし、“どこでもドア”では人間は全く成長しないであろう。そうした意味で、SMI創立者ポール・J・マイヤーはこの「段階を追って実現する」という言葉に人間の成長という思いも込めていたと感じている。

 AIが時代を席巻する昨今、人間が成長する場であるプロセス(過程)がどんどん失われていく。人の心もデジタルの0と1という二元の世界に取り込まれ、中間が無くなってきているようにさえ思える。

 休日“いよかんの厚い皮”をむくのに悪戦苦闘しながら、この成功の定義の重要性をしっかり捉え、今一度きちんと伝えていく必要があると思った次第である。(SMI小杉)
   2019/2/24 

《平成31年1月》

 新潟に帰ったら実家よりお店に寄ることが一番の楽しみです

新年 おめでとうございます。
 SMIクライアントにとられ、幸多き年となりますこと祈念いたします。 さて、今年も産業界においては、人手不足が予想されています。そこで、そうした状況を打破していく上で参考となるSMI体験談を紹介させて頂きます。新潟市のデッキー401に評判の素敵な化粧品店があります。(株)三日月化粧品店の三日月社長が経営されているBeauty Cosme三日月”です。そこは以前も化粧品店があり採算がとれず、撤退した立地を引き継いだ場所でした。しかしみごとに黒字転換させ、現在超多忙の店へと成長させてきました。下記はその三日月社長ご自身と会社の成長の記録です。

SMI導入期〉⇒プログラムの言葉を拒否する
 三日月社長がSMIプログラムを採用したのは、先代の社長(実父)が突然亡くなられ、シブシブ経営を引き継いだ29歳の時でした。そうした状況で、商店街の尊敬する先輩の紹介でSMIを採用してみたが、SMIに対する期待は全くなかった。だから当初は、SMIの内容が皆、虚言か絵空事にさえ聞こえたと言う。しかし、せっかく投資したんだから元を取らなければ損だ、の思いだけで続けてきたと言う。

SMI実践期〉⇒プログラムの言葉が自分の考えと一致し同化する
経営者として独り立ちせざるを得ない状況になり、自分を変革する必要に迫られていく。そうした切羽詰まった状況の中で、SMI早朝ミーティングに本気で参加するようになる。その頃の状況は、新人が来ては辞め、来ては辞めを繰り返していた。経営者とスタッフの信頼関係が無いために、スタッフ同士も互いに疑心暗鬼の状態に陥っていた。「三日月化粧品店は、毎週人を募集しているけど、余程きつい職場なんだね」と揶揄する人さえいた。

社長は「オレが5人いれば、店は必ず上手くいく」「なんでうちはこんな人間しか集まらないんだ」「大の大人が揃っているのになぜ仲良くできないのだ」といつも愚痴をこぼしていた。私はそうした言葉に対し“4番バッターが5人いても強くはなりません。”“あなたが望む人が来るのではなく、あなたと同じ人が集まってきているんです”“社長自身が自分を受け入れた量だけ、人を受け入れられるようになるんです”といった言葉を繰り返していた。よくこうした厳しい言葉にも耐えて下さったなと思う。この状態では店は駄目になる、自分を変えて組織を変革しなければならないという思いから、DPMプログラムによるSMI社内塾を導入する。SMIカンパニープログラムを採用した以上、SMIにどっぷり浸かって自分を変えていこうと強く決心する。しかし、それは古い習慣との闘いの始まりでもあった。プログラムとの悪戦苦闘がしばらく続いた。しかし、そのころから不思議なことに、採用していたSMIのリーダーシッププログラムやマネジメントプログラムの言葉が、心に留まるようになって同化していた。SMIプログラムのフレーズが自然と口から出るようになっていた。それは10年、SMIを続け反復してきた成果だった。

そうした時、2004年の年末、飲食店からの類焼により店が全焼してしまった。しかし燃える炎を見ながら「必ずすぐに復活して見せる。今まで以上の店を作って見せる」と心に誓っていたという。「そのような心境になれたのは、間違いなくSMIの成果です。以前教わったように、問題の陰には必ず5つ以上の恩恵があるとの教えを思い出して、書き始めたら30以上の利益と恩恵を書き出すことができました」と言って下さった。そしてその言葉の通り、他の店が中々立ち上がれないでいる中、三日月さんは二週間後には仮店舗を出し、一番に復活した。それが他の店の励みにもなったという。

SMI具現期〉⇒SMIと完全に同化する、そして伝える責務
SMIを30年学び、実践されてきた三日月さんは今、高い境地で物事を観ておられる。そしてトータルパースンを探求し、辿り着いた「人生は善く生きることに尽きる」を信条としている。

昨年末、大きな人事の問題が起きた。新店舗を構えて、足掛け7年をかけて育ててきた店長が結婚のため、仙台へ越すことになった。やはりショックだった。人生のこと、これからの店の運営のことなど、なんでも話し合ってきていただけに本当に残念だった。しかし彼女の幸せのため、また店がもう一段新しく生まれ変わるチャンス、と捉えることとした。それでも、現在の人手不足の折、店長に代わるような人材が来てくれるのだろうかと不安もあった。そうした時に、SMI早朝ミーティングで学んでいた言葉が心に浮かんだ。「徳は弧ならず、必ず隣あり」「あなたが望む人でなく、あなたと同じ人が集まってくる」と。その言葉の通り、何と3日後には「こちらで働かせていただけないでしょうか」と、とても感じの良い女性が店を訪ねてきてくれた。それから3か月、その彼女も今では有力なスタッフになりつつあるという。店長が新潟を去る前々日に送別会を開いた。その席で店長が「私は今度新潟に帰ってくるとき、実家よりもこの三日月化粧品店に来るのが一番の楽しみです」と言ってくれた。涙、涙のお別れ会となった。その言葉は本当にうれしかった。今までやってきたことは間違いなかったと、確信させてくれる一言だった。

今、三日月社長は会社の新しい展開を見据えている。それも全て人材があっての物種である。今年もSMIのリーダーシッププログラムを中心として、新しいステージに上がるために、新たな学びに挑戦しようと決意されている。(小杉) 2019年初春