平成31年SMI雑感 

1月 新潟に帰ったら実家より、お店によるのが楽しみなんです

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《平成31年1月》

 新潟に帰ったら実家よりお店に寄ることが一番の楽しみです

新年 おめでとうございます。
 SMIクライアントにとられ、幸多き年となりますこと祈念いたします。 さて、今年も産業界においては、人手不足が予想されています。そこで、そうした状況を打破していく上で参考となるSMI体験談を紹介させて頂きます。新潟市のデッキー401に評判の素敵な化粧品店があります。(株)三日月化粧品店の三日月社長が経営されているBeauty Cosme三日月”です。そこは以前も化粧品店があり採算がとれず、撤退した立地を引き継いだ場所でした。しかしみごとに黒字転換させ、現在超多忙の店へと成長させてきました。下記はその三日月社長ご自身と会社の成長の記録です。

SMI導入期〉⇒プログラムの言葉を拒否する
 三日月社長がSMIプログラムを採用したのは、先代の社長(実父)が突然亡くなられ、シブシブ経営を引き継いだ29歳の時でした。そうした状況で、商店街の尊敬する先輩の紹介でSMIを採用してみたが、SMIに対する期待は全くなかった。だから当初は、SMIの内容が皆、虚言か絵空事にさえ聞こえたと言う。しかし、せっかく投資したんだから元を取らなければ損だ、の思いだけで続けてきたと言う。

SMI実践期〉⇒プログラムの言葉が自分の考えと一致し同化する
経営者として独り立ちせざるを得ない状況になり、自分を変革する必要に迫られていく。そうした切羽詰まった状況の中で、SMI早朝ミーティングに本気で参加するようになる。その頃の状況は、新人が来ては辞め、来ては辞めを繰り返していた。経営者とスタッフの信頼関係が無いために、スタッフ同士も互いに疑心暗鬼の状態に陥っていた。「三日月化粧品店は、毎週人を募集しているけど、余程きつい職場なんだね」と揶揄する人さえいた。

社長は「オレが5人いれば、店は必ず上手くいく」「なんでうちはこんな人間しか集まらないんだ」「大の大人が揃っているのになぜ仲良くできないのだ」といつも愚痴をこぼしていた。私はそうした言葉に対し“4番バッターが5人いても強くはなりません。”“あなたが望む人が来るのではなく、あなたと同じ人が集まってきているんです”“社長自身が自分を受け入れた量だけ、人を受け入れられるようになるんです”といった言葉を繰り返していた。よくこうした厳しい言葉にも耐えて下さったなと思う。この状態では店は駄目になる、自分を変えて組織を変革しなければならないという思いから、DPMプログラムによるSMI社内塾を導入する。SMIカンパニープログラムを採用した以上、SMIにどっぷり浸かって自分を変えていこうと強く決心する。しかし、それは古い習慣との闘いの始まりでもあった。プログラムとの悪戦苦闘がしばらく続いた。しかし、そのころから不思議なことに、採用していたSMIのリーダーシッププログラムやマネジメントプログラムの言葉が、心に留まるようになって同化していた。SMIプログラムのフレーズが自然と口から出るようになっていた。それは10年、SMIを続け反復してきた成果だった。

そうした時、2004年の年末、飲食店からの類焼により店が全焼してしまった。しかし燃える炎を見ながら「必ずすぐに復活して見せる。今まで以上の店を作って見せる」と心に誓っていたという。「そのような心境になれたのは、間違いなくSMIの成果です。以前教わったように、問題の陰には必ず5つ以上の恩恵があるとの教えを思い出して、書き始めたら30以上の利益と恩恵を書き出すことができました」と言って下さった。そしてその言葉の通り、他の店が中々立ち上がれないでいる中、三日月さんは二週間後には仮店舗を出し、一番に復活した。それが他の店の励みにもなったという。

SMI具現期〉⇒SMIと完全に同化する、そして伝える責務
SMIを30年学び、実践されてきた三日月さんは今、高い境地で物事を観ておられる。そしてトータルパースンを探求し、辿り着いた「人生は善く生きることに尽きる」を信条としている。

昨年末、大きな人事の問題が起きた。新店舗を構えて、足掛け7年をかけて育ててきた店長が結婚のため、仙台へ越すことになった。やはりショックだった。人生のこと、これからの店の運営のことなど、なんでも話し合ってきていただけに本当に残念だった。しかし彼女の幸せのため、また店がもう一段新しく生まれ変わるチャンス、と捉えることとした。それでも、現在の人手不足の折、店長に代わるような人材が来てくれるのだろうかと不安もあった。そうした時に、SMI早朝ミーティングで学んでいた言葉が心に浮かんだ。「徳は弧ならず、必ず隣あり」「あなたが望む人でなく、あなたと同じ人が集まってくる」と。その言葉の通り、2週間後「こちらで働かせていただけないでしょうか」と、とても感じの良い女性が店を訪ねてきてくれた。それから3か月、その彼女も今では有力なスタッフになりつつあるという。店長が新潟を去る前々日に送別会を開いた。その席で店長が「私は今度新潟に帰ってくるとき、実家よりもこの三日月化粧品店に来るのが一番の楽しみです」と言ってくれた。涙、涙のお別れ会となった。その言葉は本当にうれしかった。今までやってきたことは間違いなかったと、確信させてくれる一言だった。

今、三日月社長は会社の新しい展開を見据えている。それも全て人材があっての物種である。今年もSMIのリーダーシッププログラムを中心として、新しいステージに上がるために、新たな学びに挑戦しようと決意されている。(小杉) 2019年初春